日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

ブラック・ジャック

いまなお読み継がれる、医療マンガの「名作古典」

ブラック・ジャック
キーワード
ヒーロー医療問題外科医手術
作者
手塚治虫
作品
『ブラック・ジャック』
初出
『週刊少年チャンピオン』(秋田書店、1973年11月19日号~1978年9月18日号連載、1983年10月14日号まで同誌で不定期連載)
単行本
『ブラック・ジャック』(秋田書店、少年チャンピオンコミックス、全25巻、1974~1984年、第25巻は1995年刊。その他多数のバージョンあり)

作品概要

 主人公のブラック・ジャック(以下B・J)は外科手術でどんな患者でも治すが法外な報酬を請求するアウトローの無免許医、しかし名医の噂を聞きつけてさまざまな患者がやって来る、というB・Jと患者とのドラマを描いた1話完結型連載のストーリーマンガ。一匹狼で顔から全身に手術跡が残る風貌のB・Jと、B・Jが畸形嚢腫の部位から幼女の姿で再生させた助手のピノコのふたりを軸に、生と死、医療についてシリアスに、ときにはコミカルにショートストーリーが展開する。全242話。
 作中の患者とのさまざまなエピソードの中には、B・Jが天才的な神業を見せる痛快なストーリーや心温まる人情話になることもあれば、復讐の鬼、あるいは高額報酬を求める非情なプロフェッショナルとしてのピカレスクロマンになることもある。そして、生と死の矛盾や困難に直面してしばしば葛藤するB・Jを通じ、医療をめぐる問題や多面的な人間模様がドラマチックに描かれていく。
 作品発表の時代背景として、1973年のマンガ界では『ゴルゴ13』(さいとう・たかを)に代表されるシリアスな内容と作画の「劇画」が大きな潮流となっていた。B・Jの風貌・性格はたぶんに劇画を意識したものであり、かつB・Jは劇画の花形キャラクター「殺し屋」とは反対の「医師」として描かれ、また道化を演じることもあるというねじれた構造を持つ。つまり本作は「手塚治虫なりの劇画」とも「劇画に対抗した作品」とも「劇画のパロディ」とも解釈でき、そこにプロフェッショナルとしての「医師」という役割を機能させるという複雑なバランスの中でエンターテインメントを成立させている。
 また、本作は劇画ブームに乗り遅れて低迷し、自ら経営していたアニメ制作会社・出版社(虫プロダクション・虫プロ商事)の倒産で社会的にも追い詰められていた手塚治虫に「最後の花道を」と企画されたというエピソードもある。そのため、手塚自身のバックボーンでもある医師の主人公に、過去の手塚キャラクターたちが患者として再会するという裏のテーマもあった。しかし本作が大ヒットして第4回日本漫画家協会賞(1975年)、第1回講談社漫画賞(1977年)を受賞し、手塚治虫は人気作家として復活する。手塚治虫にとっても大きな転機となった作品である。

「医療マンガ」としての観点

 本作は医療マンガ初期に発表された「古典」であるとともに、かつ現在でも人気作として読み継がれている作品である。本作で描かれる医療は一般的な治療行為からSF的な「馬と人間の脳移植」まで幅広く、荒唐無稽な内容も多数含まれる。しかし医学博士という下地を持ち、かつストーリーテラーの大家である手塚治虫によって見事に1話完結のフィクションとして説得力のある内容に仕上がっている。他の医療マンガと比べて「医師免許を持つ作者によるマンガ作品」という側面でも特殊な立ち位置にある。
 本作はハードカバーの豪華版、文庫版などとともに累計1億7000万部を超える医療マンガ最大のベストセラーであるとともに、学校図書館・公共図書館に所蔵されていることも多く、その影響力は大きい。本作の影響で医師の道を目指した人も多数おり、2015年には医師が本作の名シーンを紹介する「医師たちのブラック・ジャック展」(主催:第29回日本医学会総会2015関西、京都国際マンガミュージアム)も開催されている。
 一方、掘り下げたテーマによっては医療倫理的な観点から作中の表現が問題となり現在でも単行本に収録されないエピソードがあったり(連載第58話「快楽の座」など)、安楽死にまつわる事件では作中に登場する医師「ドクター・キリコ」の名前がニュースで登場したりと、常に「医療問題」に波紋を投げ続けている作品でもある。
 初期の単行本レーベルでは「恐怖コミックス」と分類され、医療マンガの概念もないままスタートした作品だが(のちに「ヒューマン・コミックス」と分類が変更される)、人気のもとに『ブラック・ジャック』の名とキャラクターを使用した公式スピンオフ作品も非常に多い。トリビュート企画としてさまざまなマンガ家が描いた短編作品もあれば、『ヤングブラック・ジャック』(脚本:田畑由秋、作画:大熊ゆうご、2011年~2019年)のように、前日譚の外伝として長期にわたり連載された作品もある。また、『ブラックジャックによろしく』(佐藤秀峰)では、非公式ながらも医療マンガの象徴として本作名が提示されている。
 さらに、連載当時から現在まで実写映画、テレビドラマ、各媒体のアニメーション、舞台演劇などメディアミックスでの展開も多数ある。本作は医療マンガというジャンルを開拓しただけでなく、現在まで多方面に大きく影響し続けている作品といえる。

【執筆者プロフィール】

池川 佳宏(いけがわ よしひろ)
出版社、IT企業勤務を経てマンガの電子化や復刊プロデュース業に従事。2010年より文化庁メディア芸術事業に携わり、メディア芸術データベース(開発版)マンガ分野コーディネーターとして「日本のマンガはいくつあるか」を調査・公開した(2018年まで)。マンガ研究者として「雑誌書誌の巻号や日付に関する報告」(『マンガ研究』日本マンガ学会 vol.24)の発表などがある。