薬害エイズ訴訟のさなかに大手少年マンガ誌に掲載された告発のマンガ
- キーワード
- AIDSHIVエイズエイズウイルスカリニ肺炎クリオ製剤サイトメガロウイルスチェルノブイリ原子力発電所爆発事故加熱製剤後天性免疫不全症候群急性白血病放射能汚染日和見感染症濃縮凝固因子製剤薬害血友病血液製剤診療拒否非加熱製剤
- 作者
- 原作:広河隆一
漫画:三枝義浩 - 作品
- 『AIDS―少年はなぜ死んだか』
- 初出
- 『週刊少年マガジン』(講談社、1992年第43-44号、1993年第11号-12号)
- 単行本
- 『AIDS―少年はなぜ死んだか』(講談社、KCデラックス、1993年)
※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。
作品概要
本書には、フォトジャーナリスト・作家の広河隆一が原作を手がけた「危険な雨―ひろがるチェルノブイリ事故の被害」と「AIDS―少年はなぜ死んだか」の2編が収録されている。どちらも実話を構成し直したフィクションである。
「危険な雨―ひろがるチェルノブイリ事故の被害」の舞台は、1980年末から1990年代初頭にかけての旧ソ連白ロシア共和国(現ベラルーシ共和国)モギリョフ地方。1986年に未曾有の原発事故が起きたチェルノブイリから250キロ離れたこの地が、なぜか放射能に汚染され、子供たちが急性白血病で亡くなる顛末を描く。
一方、表題作の「AIDS―少年はなぜ死んだか」は、1980年代半ばから後半にかけての日本を舞台にした作品。1981年にアメリカのロサンゼルスで複数のカリニ肺炎患者が報告され、1982年にはその正体不明の病気が「エイズ(後天性免疫不全症候群)」と命名される。その原因はHIVと呼ばれるウイルスだった。やがてエイズは世界中に広まり、91年末には全世界の患者総数が44万7千人にものぼる。当初、エイズ患者の大半が男性同性愛者だったが、日本では性的志向に関わらず、患者の9割が血友病患者という特殊な状況が発生していた。その中で起きたある血友病患者の少年の悲劇を描く。
「医療マンガ」としての観点
チェルノブイリ原発事故とエイズは本来無関係だが、いずれも1980年代に発生した世界規模の社会問題だった。とりわけ本書で取り上げるチェルノブイリから250キロ離れたモリギョフ地方の放射能汚染と日本の血友病患者のHIV感染には、「人間の命よりも企業などの利益が優先されている」という共通点があると、原作の広河は語る。
本書収録の2編はともに大手少年マンガ誌『週刊少年マガジン』に掲載されたが、広河の解説によれば、とりわけ「危険な雨―ひろがるチェルノブイリ事故の被害」については、想像を絶する反響があり、現地の子供たちにと多くの寄付金が集まったのだという。「AIDS―少年はなぜ死んだか」の反響は記されていないが、間接的にであれ医療を扱ったマンガが読者の注目を集め、アクションを喚起したことは特筆すべきことだろう。
「AIDS―少年はなぜ死んだか」については、この作品が薬害エイズ訴訟(1989-1996年)のさなかに発表されたことを強調する必要がある。血友病患者のHIV感染の悲劇という本作の設定は、この時代の日本だからこそ成立したものだろう。当然ながら、医療マンガもまた時代とともにある。
本作が発表された90年代前半には、エイズはまだ不治の病だったが、1990年代後半に多剤併用療法とも呼ばれるHAART療法が確立されてからは、状況が一変する。同じくエイズをテーマにしたスイスのマンガにフレデリック・ペータース『青い薬』(原正人訳、青土社、2013年)があるが、そこではむしろいかにエイズとともに生きていくかに焦点が当たっている。