medical manga
「医療マンガ」への招待

マンガ『元気になるシカ!』から考えるグラフィック・メディスンの未来

スペシャル対談  
藤河るり(マンガ家)
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 中垣恒太郎(文学研究者)

マンガ『元気になるシカ!』から考えるグラフィック・メディスンの未来

 マンガ家藤河るりさんが自身の卵巣がんの闘病記『元気になるシカ!』を発表したのが2016年9月。出版から5年を経た2021年でもなお増刷を続け、幅広い読者に勇気を与え続ける作品です。自画像のシカがグッズ化されるなど一般的な闘病記とは一線を画し、グラフィック・メディスンの実践例という視点からも大変重要な作品になっています。

 自他共に認める「シカ」ファンで日本グラフィック・メディスン協会代表の中垣恒太郎教授を聞き手として、治療を終え「本業」のBLマンガ家として活躍される藤河さんと『元気になるシカ!』誕生の経緯とグラフィック・メディスン作品としての魅力をめぐる対談をしていただきました。

※この対談は2021年1月26日、コロナ禍の現状を踏まえ Web会議サービス「Zoom」で行われました。(文・構成:北島直子)

中垣今日はお話を伺えて光栄です、どうぞよろしくお願いします。

藤河こちらこそ、お願いいたします。

中垣まず自己紹介からですが、私はアメリカ文学を研究しておりまして、文学研究の観点から北米の「グラフィック・メモワール」(マンガによる自伝的回想録)と呼ばれるジャンルに関心を抱くようになりました。その流れの中でグラフィック・メディスン・・・海外の医療マンガに興味が広がっていったのですが、翻って考えると、日本にも医療マンガって実はすごくたくさんあって、しかも多様であることに思い至りました。医療マンガにまつわる比較文化研究に手ごたえを感じはじめていた頃にちょうど『元気になるシカ!』が刊行されて、大変な感銘を受けました。ドラマなどの実写でも小説でも表現できない、マンガだからこそできる柔らかい表現手法と言いますか、病気というシリアスな体験にもかかわらず、誰にでも読みやすく、共感を得られる形でまとめられていることに感嘆して、海外のグラフィック・メディスン学会などで積極的に紹介していくようになりました。

藤河そうだったんですね、ありがとうございます。

中垣闘病エッセイマンガは他にもたくさんあるわけですが、その中でもとてもユニークで大事な作品に位置づけられると思います。余談ですけど、「シカ」のキャラクターグッズも大好きで・・・ぬいぐるみやクリアファイル、Tシャツなど愛用しています(笑)。

藤河わ、嬉しいです。ありがとうございます(笑)。

『元気になるシカ!アラフォーひとり暮らし、告知されました』(藤河るり 著、KADOKAWA 、2016)
人生に前向きな異色の闘病エッセイマンガ、誕生の背景

中垣さて、本題なのですが、まずこの作品をお描きになろうと思ったきっかけについてお伺いしたいと思います。最初から単行本での刊行を意識されていたのですか?

藤河最初病気になったとき、本業のBLマンガの担当編集さん(エッセイマンガ好き)に「闘病記、描いたらどうですか?」と言われて。単行本も出すつもりでやりましょうよと言ってくれたのですが、病気もあるので、体調をみながらゆっくり描けばいいよね、という感じで、まずはブログで描き始めました。もともとエッセイマンガも描いていたので、病気になったときも、「この体験はマンガに描かなくては」と思いました。

中垣作家としての業ですね。

藤河もちろん、病気になってすごく怖かったし、とてもしんどかったんですけど、一方で何というか、おかしな言い方ですが、「面白いな」って思ったんですよね。治療費と休筆期間のお金は回収するぞ!って思えたというかですね。

中垣基本の体裁として4コマ漫画になっていますが、これには意図があったのですか?

藤河はい、これは最初から決めていて。闘病記というのは、具合の悪い人が多く読むわけですよね。だから一つひとつは短いほうがよいなと。また、携帯やスマホで読む方が多いでしょうから、縦スクロールで読みやすい形がよいし、ということで。・・・でも最終的には紙で出したいなとは思っていました。体調が悪いときには画面を見るのがつらいことも多いですよね。

左:Aさんとのこと / 右:4コマの例

左:Aさんとのこと / 右:4コマの例

中垣よくよく見てみれば、つらくて本当に大変なお話が多いんですけれども、4コマなので一つひとつオチがついていて、ユーモアを随所に感じながら気軽に読み進めていくことができるのが本書の魅力の一つだと思います。おっしゃるように、実際に病気を患われた方でも、自分のペースで少しずつ読み進めていくことができるのがよいですね。

藤河4コマでなくストーリーになっているところは、担当の編集さんが「4コマじゃないほうがいい」と言ってくれたエピソードだったり、あとはAさん(入院中に出会った同病の女性)のお話なんかは、もともと4コマでは描けないと思っていたので、ストーリーの形で描かせてもらいました。

中垣担当編集の方は、構成や中身に対してどの程度関与されたのでしょうか? 担当編集の方がある程度作品の方向性を決めて、という進め方だったのですか?

藤河ブログで執筆していたのである程度方向や描きたいものは決まっていて、私としてはとにかく「自分が読みたいものを描こう」と思いました。編集担当さんとはそれを整えて「ここはもう少し描きませんか?」といった感じで進めていました。

中垣そうだったんですね。構成が非常によく練られていて、闘病記であるにもかかわらず、全体としては異色とも言えるほど、前向きで、ユーモアや明るさが感じられる作品なので、この明るさはどこから来たのかなと思いまして。

藤河私自身、自分が読みたいものを描こうとしたときに、内容も暗くてアウトプットも暗いのは嫌だったんですね。なので、アウトプットは明るくしたいという思いが強くあって、闘病中から、まずはブログで描き溜めていきました。

中垣なるほど。そうすると、きっと藤河さんの朗らかなお人柄が作風に現れているのでしょう。作品中では一つひとつのエピソードが非常にしっかり、ディテールまで描かれていますが、当時、メモや日記などを詳細につけていたのですか?

藤河いえ、それがあんまりつけていなくてですね(笑)。でも、自分が覚えていることを描いたほうが面白いだろうなっていうのがあって。たぶん、簡単に忘れちゃうようなことは、そんなに面白くないことなんだろうなっていうふうに思って描いていました。

なぜ主人公が「人」でなく「シカ」なのか

中垣闘病エッセイマンガにおいて、本作品を唯一無二の存在にしている大きな要素として、主人公が「人」ではなく「シカ」の姿をしている、ということがあると思います。率直に伺いますが、なぜシカだったのでしょうか。

藤河もともと自身をシカのキャラクターとしてエッセイマンガ(「シカとして~腐女子BL漫画家の日常」2013年~、BLコミック誌『花音』にて連載中)を描いていたというのはありますが、がんの中でも婦人科がんを題材にするので、もしかしたら股を開くようなシーンを描く必要が出てくるかもしれない。そうしたときに、絶対に生々しくならないほうがいい。そこはすごく確信がありました。

中垣確かに、治療で髪の毛が抜けてしまう場面など、リアリスティックに描くこともできるのでしょうけれども、それでは伝わらない、気持ちの揺れ動きなどの要素が「シカ」の姿を通して幅広い層に伝わるというのが、この作品の大きな魅力になっていますね。

藤河読者の方は、たとえば闘病する女性だけでなくて、その旦那さんだったり息子さんだったりということもありえますよね。男性でも拒否感を抱きにくいもの、というのは意識していました。

中垣なるほど。非常に興味深いお話です。

藤河けれども実は、KADOKAWAさんから単行本を出すとき、主人公がシカであることが問題視されまして・・・。というのは、コミックエッセイ(エッセイマンガ)は主人公が人間ではないと読者さんに手に取っていただきにくいということがありました。だから最初、編集長さんは「人間で描き直すことは可能ですか?」とおっしゃられて。でもそうなると、生々しさから逃れられないので、どうしたらシカのままで出版できるのかというところで、「アメブロで総合1位をとればいいよ」と言ってもらえたので。

確かに実績は大切だなと思い、それで、1位をとるために毎日ブログを更新したりして頑張ったんですね。実際に1位(「闘病・入院生活ランキング」)をとったあたりからは、編集長さんも「シカ、かわいいですよね」と言ってくださるようになって、「ああ、よかった」と(笑)。

中垣よかったです。まさかシカにそんな存亡の危機があったとは知りませんでした。ところで、なぜご自身のキャラクターが「シカ」なのですか?

藤河友人との他愛もない会話で、動物にたとえるならお互い何だろうね、みたいな話をしていたときに、「お前はシカだな」と魔女(作品中にも登場する、藤河さんの親友)に言われて。しかも、奈良公園の、おせんべいしか目に入っていないようなシカ。好きなことに対して周りが見えなくて、それ以外見えない、みたいなところがお前そっくりだと(笑)。
それで描き始めたんですけど、最初はもっと頭身も高くて、かわいい感じじゃなかったんです。それが、描いていくうちにどんどん小さくなっていって、丸みのある感じで描いてみたら「あ、いいな」となって。今となっては、これがあまり自分という感じはなくて、「自分の体験を、このキャラクターで描いている」という感覚ですね。だからかわいらしく描けるのかもしれませんし、自分のことでありながら、客観的に描けるのかもしれません。

中垣そういった点が非常に面白いというか、グラフィック・メディスン的だと思っています。たとえば文学や小説というのは、心の中の動き、内面描写をするのに長けたメディアですけれども、そういったものとはまったく異なる表現手法ですよね。自分自身を客体化することで自分を分析しながら表現するという。おそらく描き手の中では、モノローグとは全然違うことが起こっている。小説の「内面に入り込んでいく」というのとはまったく違う表現方法です。

藤河なるほど、確かにそうですね。そもそも何の動物を選ぶか、という点で、すでにもう自分を客観視しているとも言えますよね。
ブログで作品を描いていたとき、やっぱり途中で怖くなって描けないときもあったのですが、でも、それを乗り越えて描いてしまうと、自分の中で出来事を消化できるというか、すごく客観視できるようになっていけたんですね。シカという客体を通して実体験を描くことで、自分に起こったことを消化できていく。浄化作用というのか、セラピー効果のようなものはすごく感じて、今振り返っても、すごく・・・自分のためにもこのマンガを描いてよかったなと思います。

中垣グラフィック・メディスンの領域でも、描くことで得られるセラピー効果が注目されています。『元気になるシカ!』のように、動物をアバター(自分の分身としてのキャラクター)として描くという手法は、自分自身をほどよい距離感で客体化して、体験の深刻さを和らげながらも、自身の置かれたつらい状況を整理したり把握したりするのに役立つ可能性を感じます。海外のグラフィック・メディスン作品では、深刻なシーンはより深刻なトーンで描かれることが多いのですが、暗い描写になりがちなシーンをキャラクターのかわいらしい動きで和らげるという、「キャラ好き」の日本文化を反映した、日本独自のグラフィック・メディスンの手法につなげられるかもしれないと、お話を聞いていて新たな可能性を感じました。

「病名のないタイトル」に込められた思い

中垣「シカ」はタイトルにも言葉遊びのように使われていて印象的ですが、闘病記であるにもかかわらず、タイトルに病名がついていないですよね?

藤河私自身、治療中に「がん」とつくものがちょっと怖かった時期があって。「がん闘病記」ってドーンと書かれちゃうと、手が伸びなかったことがあったんです。なので、タイトルに「がん」をつけないでほしいってお願いしたんですよね。じゃあどうしようか、っていうところで、編集さんともいろいろ検討したのですが、あんまりよいタイトルが浮かばなくて。決定せねばならないタイミングで、編集長さんが「こういうときはタイトルは変えないで、そのままでいったほうがいい」とおっしゃって、結局ブログで使っていた『元気になるシカ!』になりました。その代わり、サブタイトルで「告知」という言葉を使って。普通、告知と言えば、何か大病なんだろうなっていうふうにはなるので。

中垣そういった配慮からだったのですね。経験した方ならではの細やかな視点ですね。実際、読者の方からの感想など、反応はどのようなものなのでしょうか?

藤河そうですね、本当にいろいろですが、ご自分が病気になってしまって、これからどういうふうな治療を受けるのかと家族に説明せねばならないときに、この本を渡せば、あとは家族の方が読んで理解してくれたからよかった、というお手紙は多くいただきました。こういったように、ご本人だけでなく周りの方のお役にも立てたなら、それは本当によかったなと思いますね。

中垣なるほど。患者や家族の側としては、医療者からいろいろ細かい説明をされるけれども、なかなか頭がついていかないということは多いでしょう。自分や家族に起こった衝撃や状況を受け入れていくことを求められるときに、本書のような形で、作者の体験を通して、ある種の疑似体験をすることは、すごく大きな意義があると思います。そういう意味で、本作品は非常に有益な「実用書」でもあると思います。

藤河ありがとうございます。

『台湾版 元気になるシカ2!』

『台湾版 元気になるシカ2!』

中垣余談になりますが、本書はお母様のご郷里である台湾でも出版されているんですよね。しかもタイトルが『健康才有鹿用』で、ちゃんと「鹿」という字が入っているという。

藤河そうなんです。翻訳者さんが上手につけてくださったみたいで。「健康じゃないとならない!」といった意味になるようです。

中垣本作品が台湾に出発するシーンから始まることとも縁を感じますね。また、この作品が海外でも広く読まれることは一読者としても嬉しいです。描かれている内容が、普遍的であることの証だとも思います。

実際の人物を描くことについて

母と過ごすひととき

母と過ごすひととき

中垣もう少しお話を伺っていきたいのですが、エッセイマンガということで、実際の人物を描くことの難しさもあると思います。多少フィクション的な要素も織り交ぜてお描きになられたのですか?

藤河私の場合、嘘は描かないようにしていて。起こった出来事すべてを描いているわけではないので、描くシーンはできるだけありのままを。医師やほかの医療者の方にも、事前に「描いていいですか?」と許諾を得ながら描いていったという感じです。ただ、描かれる側は、自分がどう描かれるのかというところは気にされると思うので、厳しい先生などでも、どこか愛嬌があるキャラクターとして描くことは大切にしていましたね。

中垣実際、描かれた医療者の方の反応はいかがですか?

藤河治療による脱毛についての説明のシーンで、手術を担当してくれた先生がご自分の薄毛の話をしてくれたエピソードなんかも描いていたので、少し心配していたのですが、後で聞いたところによると、厳しい先生だったので「甘めに描いたな」とおっしゃってくれていたようです(笑)。

中垣グラフィック・メディスンが果たす役割として、医療者と患者の間のコミュニケーションを円滑にするということがあります。本作品もそうなのですが、読むことで医療者側の配慮や状況が見えてくるというところも、医療マンガの大きな魅力だと思います。

藤河そうですね。

中垣本作品が単行本となってより多くの方に届くことになって、ご家族の反応はいかがでしたか? ご両親やご兄弟は、作品中にも登場されていますが。

藤河そうですね、父や弟はすごく喜んでくれました。でも母は・・・本が出たこと自体は喜んでくれていますが、ちょっと、読めなかったみたいです。治療中、やはり本当に大変だったので、読むと当時を思い出してしまうようで・・・。もしかしたら、私自身はむしろ描くことで体験を昇華できているからよいのですが、母のほうが大変だったのだと思います。

中垣なるほど、そういうものかもしれないですね。あらためて、そうした非常に重い体験を乗り越えて、このような素晴らしい作品をまとめられたことに敬意を覚えます。

グラフィック・メディスンへの期待

中垣私たちは『元気になるシカ!』をグラフィック・メディスンの卓越した実践例であると捉えています。続編となる『元気になるシカ2!』の帯文に、「新しい私で、生きていく」と記されていましたように、大病後の人生をあるがままに受けとめ、その後の生活についても丁寧に描かれているところが本作の何よりも素晴らしいところであると思います。ですが、お描きになっていた当時、ご自身ではグラフィック・メディスンに関連する意識や方法論はおそらくなかったかもしれません。刊行から5年ほどが経過して、今あらためてどのように『元気になるシカ!』という作品を捉えていますか?

藤河多くの方にご支持をいただいて、私としてもとても大事な作品です。『元気になるシカ!』はいろいろあっても淡々と、休みながらでも前に進もう、というメッセージが軸になった作品です。なので描いた私自身がちゃんと前に進んで次の作品作りを頑張ろうと、そう思ってます。
グラフィック・メディスンについては、このたびはじめて知ったものなので、自分の作品がそういうものになっていたのかどうかはわからないのですが、確かに、描くことで癒しの効果を得られることは、身をもって体験し、描いてよかったと思えるので、こうした活動が広がっていくとよいですね。マンガを描くことは慣れていない人には敷居が高いかもしれませんが、表現することで癒しや喜びを得ることならば誰でもできるかもしれません。自分をキャラクター化して客観視してみるのもおもしろいかもしれませんね。

中垣本日は長時間にわたり、どうもありがとうございました。

藤河るり

藤河るり

2003年、BL雑誌『Guilty VOL.9」(心交社)にて、「ラブエゴイスト」で雑誌デビュー。
主な執筆先は『花音』(芳文社)、『GUSH』(海王社)。
代表作は『元気になるシカ!アラフォーひとり暮らし、告知されました』(KADOKAWA、2016年)、『元気になるシカ2! ひとり暮らし闘病中、仕事復帰しました』(KADOKAWA、2018年)、『最高の小説家』(海王社、2017-2019年)。

中垣恒太郎

中垣恒太郎

小学校に入るまで小児喘息や慢性鼻炎で病弱でした。
肺炎で長期入院していた際に、よそのお見舞い客から「小さい子が長く入院していてかわいそうだ」と、マンガ本をもらったことがあります。これがなんと、前谷惟光『ロボット三等兵』の文庫版。今となってはどこの誰からもらったかもわからないのですが、マンガ、ドタバタ喜劇の原風景に。