medical manga
「医療マンガ」への招待

動物医療にまつわるマンガの系譜

中垣 恒太郎

動物医療にまつわるマンガの系譜

 動物医療は、はたして医療マンガとして扱うべきなのであろうか。包括的に病と健康を捉えようとする「グラフィック・メディスン」および「生存学」の概念においても、人間を対象とすることを基本にしている。その一方で、動物医療にまつわるマンガ自体、一つの大きなサブジャンルを形成している。今後、医療マンガ研究が発展していく中で、動物医療ものは分割されて検討されていくことになるであろうが、本書ではその一部をレビューとしてとりあげた。英語圏のグラフィック・メディスン協会においても、広義の人文学を基盤にしながらも人間中心主義に陥らない姿勢を打ち出しており、実際に、動物医療および人間以外の動物も視野に入れている。
 本稿では、このサブジャンルを決定づけた、佐々木倫子『動物のお医者さん』(1988~1993年)以降、特に21世紀に多く登場する動物医療もの、動物病院を舞台にしたマンガ作品の傾向を概観していくことにしたい。
 少女マンガ誌『花とゆめ』に連載された、佐々木倫子『動物のお医者さん』ははたして何のジャンルであるのかと言えば、まず「少女マンガ」であり、獣医学部に学ぶ大学生の日常を描く物語である。そして、主人公の飼い犬であるシベリアン・ハスキーがこのマンガの人気からブームを巻き起こしたように、動物に焦点を当てた「動物マンガ」と捉えることもできるだろう。あまり注目されることがなかった専門性の高い領域を舞台にした物語は、「お仕事マンガ」、「業界マンガ」などの枠組みで括られることもあるが、21世紀以降の医療マンガの隆盛はこの観点からの注目によって引き起こされたものでもあり、こうした動向の先駆的作品に、『動物のお医者さん』を位置づけることができるのではないか。ジャンル文化から医療マンガ史を展望する際に、『動物のお医者さん』と、同じ作者による『おたんこナース』は、それまでの医療マンガからは傍流となるはずの動物医療、および脇役的存在であることが多かった看護師を主人公にした物語によってジャンルの可能性を拡張した。『動物のお医者さん』においては、専門性の高い世界を細部に至るまで詳細に描いている点に特色があり、主人公たちが動物の命に携わることにより成長していく物語になっている。
 動物医療ものを代表する作家である、たらさわみちは『月刊office You』などの媒体で、『MF動物病院日誌』(1994~2006年)、『おいでよ動物病院』(2007~2012年)、『僕とシッポと神楽坂』(2012~2017年)、『しっぽ街のコオ先生』(2017年~)を通して、作中の動物病院のスタッフたちが飼い主および患畜に向き合う誠実な姿勢を描き続けている。
 『ビッグコミック増刊号』を軸に連載された、ちくやまきよし『獣医ドリトル』(2001~2014年)は個人が経営する動物病院を舞台にした物語であり、ペット、動物との共生をめぐる社会的な問題も浮かび上がってくる。
 『週刊少年サンデー』に連載された、藤崎聖人『ワイルドライフ』(2003~2008年)は、熱血獣医師を主人公とする少年マンガとして、患畜を救いたいという主人公の熱意が周囲を感化させていく。
 少女マンガ誌『Cookie』に連載された、齋藤倫『路地裏しっぽ診療所』(2013~2018年)は、動物を苦手としていた大学生の雨野なずながふと放浪犬を拾ったところから動物診療の世界に関わることになり、そこで出会う「ワケあり」の動物たちをめぐる物語である。
 『なかよし』に連載された、伊藤みんご『ゆずのどうぶつカルテ~こちら わんニャンどうぶつ病院』(2016~2019年)は、叔父が経営する動物病院に暮らす小学生の主人公ゆずの視点から見える動物病院の世界が描かれている。
 『アフタヌーン』に連載された、ほづみりや『Vetʼs Egg』(2015~2017年)は、獣医学科出身の作者による獣医学科に学ぶ大学生たちの青春群像ものである。
 ほか、少女マンガおよびレディースコミックスの領域で長く活動している星野めみによる『アリス動物病院診察絵日記』(2012年)、『動物ER ワンコはワンコ』(2014~2018年)、『すずなり動物ハウス』(2019~2020年)もある。
 21世紀以降、ペットおよび動物を取り巻く環境も大きく変容しており、家族の一員として大事に扱われる一方で、動物の生命をめぐるさまざまな問題も浮かび上がってくる。作品の発表媒体の特性に伴い、物語のテーマや技法の違いも顕著に示されている。さらに、医療の観点からは、人間に対する医療行為よりもサービス産業としての期待が向けられている状況が見えてくる。