medical manga
「医療マンガ」への招待

看護師を主人公にする物語の系譜とジェンダー

中垣 恒太郎

看護師を主人公にする物語の系譜とジェンダー

 「医療マンガ」は長い間、医師(その多くは男性医師)を主人公とする物語のイメージが強いものであったが、少女マンガのジャンルの中で描かれてきた「看護師像」を探ることもまた興味深い考察となるであろう。
 『なかよし』に連載された、原作・水木杏子、作画・いがらしゆみこ『キャンディ♡キャンディ』(1975~1979年)の主人公キャンディは孤児院出身であり、自立のために看護師を志す。
 『別冊マーガレット』に連載されたラブコメマンガ、多田かおる『イタズラなKiss』(1990~1999年)の主人公・相原琴子は憧れの美少年、入江直樹と大学生の時に結婚に至るが、直樹が医師を志し医学部に編入することを決意すると、琴子は看護師を目指し一念発起しして文学部から看護科へ編入する。
 いずれも医療マンガのジャンルとして扱われることはほぼないが、それぞれの時代の少女マンガにおける看護師像、女性のライフコースを探る上で多くの示唆を得ることができる。
 歴史を遡るならば、『サザエさん』(1946~1974年)の代表作で知られる長谷川町子に「いじわる看護婦」がある。『いじわるばあさん』(1966~1971年)の姉妹編に位置づけられるもので、『文藝春秋漫画読本(新春特別号)』(1965年)が初出とされる(1968年に『いじわるばあさん』単行本第3巻に収録)。わずか7本の4コママンガしか発表されていないが、全集などを通して時代を越えて読み継がれており、青島幸男主演のテレビドラマ『意地悪ばあさん』(フジテレビ、1981~1982年)のヒットを受けて、1982年に中原理恵主演によるテレビドラマ版『いじわる看護婦』(フジテレビ)も話題となった。男性医師や患者を困らせる意地悪な看護師像は、脇役の存在に甘んじない女性像の提示でもあり、病院を舞台にしたブラックコメディの様相を帯びるものでもある。
 1980年代後半からレディース・コミック誌の発展に伴い、女性の描き手の発表の場と読者層が拡張していく中で、看護師をめぐる物語においても長編のドラマをじっくり描く作品が現れていく。代表作となる島津郷子『ナース・ステーション』(1991~2011年)はレディースコミックス誌の先駆的雑誌であった『YOU』に連載され、単行本全20巻+「完結編」1巻の長期シリーズとなった。大学病院の外科に勤務する看護師・中山桂子を主人公とする物語であり、看護部の中で部下を持つようになり、やがては看護師長となるまでキャリアを積んでいく様子および恋愛を含めたライフコースが描かれている。現場の医療従事者への取材だけではなく、作者自身が実際に臨床現場を体験することもあったという。完結に至るまでに長期の休載期間があったが、本書のレビューでとりあげられている、同じ作者による闘病エッセイマンガ、『マンガ家、パーキンソン病になる』(ぶんか社、2016年)に示されているように、大病を経た後にマンガ家活動を再開し、完結させた背景がある。長期に連載がおよんだことから、看護婦が性別にかかわらず看護師の名称で統一され、ナースキャップが廃止されていった変遷なども描き込まれている。
 女性読者に特化した雑誌の枠組みを超えて、看護師像を刷新した作品として、『ビッグコミックスピリッツ』に連載された、佐々木倫子『おたんこナース』(1995~1998年) を挙げることができる。看護師の経験を持ち原案・取材を担当した小林光恵を共同制作者として明記し、おっちょこちょいな新人看護師、似鳥ユキエを主人公に、看護部の看護師たちをめぐる群像劇の可能性を切り開いた。基本はコメディであるが、現場の人間模様をめぐる心の機微、病や死と向き合う場面など、看護師もののスタンダードに位置づけられる。
 『モーニング』に連載された、こしのりょう『Ns’あおい』(2004~2010年)は、理想を追求し続ける看護師像を提示している。さまざまな障壁にぶつかりながらも持ち前の明るさと努力で周囲を感化していく。作者は『Ns’あおい』連載中から現在に至るまで、日本看護連盟のコミュニティサイト「アンフィニ」で、看護師を主人公にしたマンガ「HANA♪うた」を連載しており(『はなうた ナースはときどき、うれしい』として2014年に単行本化、照林社)、コロナ禍における医療現場の逼迫した状況についても看護師の視点によるマンガを通して積極的に発信している。
 変わり種として、かわいい+グロテスクなグラフィック表現で知られるイラストレーター、水野純子による『ピュア・トランス』(1998年)は、世界大戦後に人類が地下で生活を送るSF作品である。登場人物はほぼ女性であり、食糧不足を解消するために栄養補給カプセル「ピュア・トランス」が開発されたが、そのために過食症が問題となり、過食症治療施設を舞台とした看護師たちの物語になっている。
 近年では、看護師の職域の多様化を受けて、訪問看護やツアーナースなどの物語や、エッセイマンガ、取材に基づく多様な作品が現れている。中でも、現在もっとも精力的に医療にまつわるエッセイマンガを執筆している水谷緑による看護師ものは特筆すべき新しい傾向を示している。代表作『精神科ナースになったわけ』(イースト・プレス、2017年)および『こころのナース夜野さん』(『月刊スピリッツ!』連載中、2019年~)は共に看護師の視点による精神科を舞台にした作品である。『精神科ナースになったわけ』は、OLをしていた主人公が母親の病死を経て自身も心のバランスを崩してしまったことから心のあり方とそのケアに関心を抱くようになり、一念発起して看護師資格を取得し、精神科看護師として勤務するに至った背景から語り起こされる。新人看護師として、そして自分自身も精神的な問題を抱えたことがある立場から、精神科に集うさまざまな人たちに寄り添う姿が描かれている。『こころのナース夜野さん』もその延長線上に位置づけられる作品であり精神科看護師をめぐる物語であるが、『精神科ナースになったわけ』が「コミックエッセイの森」というレーベルから刊行されているのに対して、『こころのナース夜野さん』は医療監修を明示した「取材に基づくフィクション」であることが強調されている。綿密な取材に根差した作風で定評ある作者であるが、エッセイマンガからストーリーマンガへと領域を横断していく活動のあり方も興味深いものである。
 もちろん看護師は女性だけの領域ではないが、マンガ史における看護師の描かれ方を展望すると、女性のライフコースの変遷、雑誌の発展史までも浮かび上がってくるかのようだ。本項でとりあげた作品はそのごく一端にすぎないものであるが、女性マンガ史研究からの考察も期待される。そして、SNSからは現役看護師のマンガも多く見受けられる。これからの看護師をめぐるマンガはどのような媒体から登場するのであろうか。