medical manga
「医療マンガ」への招待

インフォグラフィックとマンガ表現

Cohn, Neil. (2009). Japanese Visual Language:The structure of manga.

Cohn, Neil. (2009). Japanese Visual Language:The structure of manga.

 日本と諸外国におけるインフォグラフィックおよびマンガの記号表現の適用可能性と限界について考えます。
 2008 年のアップル・コンピュータの採用により世界で使われるようになった日本発の絵文字(Emoji)ですが、欧米でもそのまま通じる「普遍的なことば」になったわけではありません。例えば、🙏という絵文字は、日本では、何かをリクエストするときの「お願いします」や謝罪の意味を込めた「ごめんなさい」、感謝を表す「ありがとう」といった意味として使われますが、欧米や他の異地域では、しばしば「お祈り」や「ハイ・ファイブ」(ハイタッチ)としても使われます。
 アメリカでは、1990 年代後半ごろから日本のマンガが大手書店チェーンなどで販売されるようになりましたが、当時、アメリカの読者にとって日本のマンガ表現中の視覚的なシンボルは即座には理解できないものでした。ニール・コーンの研究書には、そうした視覚的なシンボルが説明されています。
 これらの表現は日本のマンガ読者にとってはお馴染みで即座に理解できることでしょう。例えば、マンガでの鼻風船の表現は、日本で生まれ育ってきた多くの人々にとって、「眠っている状態」を示します。しかし、文化によってはこの意味(指示対象)がそのまま通じない場合があります。
 言語学的なフレームにおいて、ある記号表現(例:鼻風船)が、「眠っている」という記号内容を示すのは、ソシュール的に言えば「恣意的」にすぎず、その両者をつなげているのは、その言語文化で歴史的・社会的に作り上げられてきた慣習(コンベンション)しかありません。日本の文脈においては、広く読まれているマンガやマンガ的な表現が、こうした慣習を作り上げたと言えます。しかし、他の文化において、同じ絵的な表現がそのまま通じるわけではありません。さらに、同じ表現でもマンガの物語的文脈や状況によってさまざまに解釈されることもあります。
 さらに言えば、簡略化されたイメージやイラストを使うことが意味や情報の伝達だけでなく、受け手の感情や非言語的な反応にも影響を与えることがあります。例えば、「かわいい」イメージ、「単純化されたイメージ」が使われる際には、その伝える意味や情報に加えて、感情的な反応を(しばしば不必要に)引き起こす可能性があります。そのため、単に意味や情報だけでなく、言語の外側にある「現実」も考慮する必要があります。特に医療の文脈では、患者が実際にどのような状態にあるのか、その家族や関係者の感情や心情にも目配りしながら、どんなアイコンや視覚的なシンボルを使うべきか検討することが重要です。
 インフォグラフィックは透明で普遍的な視覚的イメージではありません。

鈴木 繁
(ニューヨーク市立大学バルーク校准教授)