小林 翔
この医療マンガ作品レビューでは商業媒体に掲載されたマンガを中心に紹介しているが、医療マンガの特徴の一つに、そうした従来の雑誌等への連載→単行本化という作品の流通方式が必ずしも当てはまらないという点がある。日本の商業マンガを取り巻くメディア環境は、雑誌メディアの権威が徐々に失墜し、多様な発表の場が形成されつつある現代においても、「連載→単行本化」というプロセスが支配的であると言っていい。だが、医療マンガジャンルの多くを占める「闘病記」―エッセイマンガ形式で作者の経験を記すタイプの作品―は、筆者のSNSやブログなどのネット上の媒体に掲載されていたものが単行本化したり、描き下ろしで出版されたりと柔軟な発表方法が採られ、書店では〝コミックス”の棚に置かれない場合もある。病気や医療制度への知見を深めるための、いわゆる「マンガでわかる」、「実用マンガ」のような作品も同様に描き下ろし形式を採り、こちらもコミックス扱いは稀である。
今日のマンガの発表形態を考える上で、こうした「非」連載形式のマンガとしてのマンガ同人誌の存在は無視できない。日本最大規模の同人誌即売会であるコミックマーケットには毎回3万~3万5千程度のサークルが参加し、そのうち女性サークルの7割、男性サークルの6割程度がマンガ作品を持ち込んでいる(注1)。全体の6~7割程度の頒布物がマンガであるといっていいだろう。ざっくり計算すると、毎回2万種類前後のマンガ同人誌が発行されていると考えられ(注2)、その中には医療マンガとみなしうるものも存在している。筆者はコミックマーケット95において調査を行い、どのような医療マンガ同人誌が発行されているのかを分析した。詳細な分析結果の記載は紙面の都合上割愛するが、主に次のような結果となった。まず、医療マンガと思しき内容の同人誌を発行しているサークルは30サークル程度であった。これは既存の作品のパロディである二次創作を行うサークルを含まない数である。ほとんどが「評論・情報」のエリア(注3)に配置されており、「闘病記」「お仕事マンガ」「実用・実録マンガ」の3種に大別できる。「闘病記」に関しては前述したような商業出版されているものと遜色ない内容のものも多く、「実用・実録マンガ」は商業ベースでは発表が困難であろう作品もみられた(薬物でのトリップ体験をフィクショナルに描いた作品など)。
お仕事マンガでは「介護士」「歯医者」「臨床検査技師」など、従来の医療マンガがほとんど題材としてこなかった職業を扱ったものが目立つ。現役の介護福祉士の立場からの実録マンガ『とんこちゃんの介護日誌』は、「介護ロボット」や「感染症対策」といった最新のトピックを柔らかなタッチで描いた意欲作である[図]。テーマ選択については、商業作品との差別化を意識してのことなのか、たまたま作者がその職業に就いていたからなのかは判別できないが、近年テーマの細分化が進む医療お仕事マンガにおける題材選択の傾向(あるいは描かれない理由)を考える助けとなるかもしれない。
これらの同人誌はほとんどが少部数発行、ショップへの委託販売なども行われず即売会やサークルの自家通販でしか入手できないものである。そうした事例をもって医療マンガの多様性を主張することは短絡的ではあるが、商業マンガにおいて忌避されがちな題材や経験を正面から描いた作品が存在しているという事実を確認できたことは有意義であった。
1 コミックマーケット35周年調査 https://www.comiket.co.jp/info-a/C81/C81Ctlg35AnqReprot.pdf
2 複数冊の新刊を制作するサークル、新刊を発行できないサークルもあるので、あくまで目安である。
3 コミックマーケットでは、扱う作品の傾向や原作ごとにサークルの配置が決定され、多数のサークルを要するジャンルは会場マップやカタログにおいて可視化される。「評論・情報」もその一つである。