中垣 恒太郎
アメリカの医療ドラマの発展史
医療をテーマとする物語として、医療ドラマもまた歴史があり、人気がある他メディアの1ジャンルを成している。ドラマオリジナル脚本作品から、小説のドラマ化、そして近年のマンガ原作のドラマ化の隆盛など、そのあり方もさまざまである。
遡れば、アメリカのドラマ『ベン・ケーシー』(1961~1966年)は、総合病院の脳神経外科に勤務する青年医師を主人公にした物語であり、日本でも1962~1964年にかけてTBS系列で放映され最高視聴率50%を超えるほどの人気となり医療ドラマの原風景となった。現在の医療現場を舞台とする物語においても、たとえば、『Doctor-X ~外科医・大門未知子』に登場する猫の名前がベンケーシーであることなど、さまざまな形で継承されている。病院内での複雑な人間関係をめぐるドラマとして、アメリカにおいてもテレビドラマの革新をもたらした作品として知られる。実際に当時のケネディ政権期にて、テレビ番組の主題に社会性の高いテーマを導入する政策が背景にあり、医者や弁護士を主人公とするドラマがこの時期に現れている。
日本の医療を舞台とする物語の発展史を展望する際に、アメリカのテレビドラマの動向を折に触れて参照することも有効であろう。中でも15シーズン(全331話)におよぶ長期シリーズとなった『ER緊急救命室』(NBC、1994~2009年、日本ではNHKにて放映)は、『ジュラシック・パーク』をはじめとするベストセラー作家マイケル・クライトンが制作総指揮を手がける大作であり、医療ドラマを刷新する分岐点となった。クライトンはハーバード大学医学大学院の出身(医学博士)であり、医学生時代に救急救命に従事した体験に基づくノンフィクション小説『五人のカルテ』(ハヤカワ文庫)を着想の源にしている。救急救命室の医療現場をリアルに再現し、チーム医療として多岐にわたる医療従事者の姿を描きながら、「貧困」「家庭内暴力」「薬物依存」「人種差別」「不法移民」「人工中絶」「代理出産」「同性愛」「ストーカー」「安楽死」「臓器移植/売買」「海外派兵」「医療過誤」など、さまざまなアメリカの医療をめぐる論点、医療保険制度をはじめとする社会構造上の問題を提起した。
その後の展開としては、21世紀以降、ケーブルテレビなど多チャンネル化が進む中でアメリカの医療ドラマも多彩になっている。『ナース・ジャッキー』(ショウタイム、2009~2015年、日本ではWOWOWでの放映)は、ドラッグを常用しながら救急室に勤務する優秀な看護師ジャッキー・ペイトンを主人公とするダーク・コメディ調の物語である。同僚との不倫関係など、主人公をはじめとする個性的な人物の人間模様、型破りな看護師の日常が見どころになっている。
さらに、グローバルに展開するネットフリックスでは、都会で鬱になり心の安寧を求めて田舎に移ってきた看護師の人生を描く『ヴァージンリバー』(2019年~)、児童病院を舞台にしたシチュエーションコメディ『チルドレンズホスピタル』(2008~2016年)のスピンオフ作品『メディカル・ポリス』(2020年~)、映画『カッコーの巣の上で』(1975年)に登場する精神病院に勤務する看護師を主人公にしたサイコスリラー『ラチェッド』(2020年~)など、ジャンルの混淆、細分化が進んでいる傾向にある。
日本の医療ドラマの展開と医療マンガの交錯
再び歴史を遡り、日本のテレビドラマ史における医療ドラマの足跡を辿るならば、『白い巨塔』(現テレビ朝日系列、1967年)が圧倒的に特別な存在に位置づけられる。その後も、1978年(田宮二郎主演)、1990年(村上弘明主演)、2003年(唐沢寿明主演)、2019年(岡田准一主演)に至るまでリメイクを重ね、韓国ドラマ版(2007年)などもある。もともとは医局制度の問題、利権や大学内の政治・権力闘争に焦点を当てた、新聞記者出身の作家、山崎豊子による社会派小説(1963~1965年)を原作としており、テレビドラマに先行して、1965年にラジオドラマ版(文化放送)、1966年に映画版(大映、山本薩夫監督、共に田宮二郎主演)も制作されている。出世を第一とする第一外科助教授・財前五郎と、患者を第一に考える第一内科助教授・里見脩二との対照的なライバル関係を軸に据えた人間ドラマは時代を越えて根強い人気を誇る。
手塚治虫が『きりひと讃歌』(1970~1971年)、『ブラック・ジャック』(1973~1983年)で医療をテーマに据えたマンガを本格的に手がけることになる下地として、『白い巨塔』のブームは大きな役割をはたしている。実際に連載当初から、『白い巨塔』との類似を再三にわたり指摘されたことに閉口したことを手塚自身も述懐している(講談社版 手塚治虫全集『きりひと讃歌』第4巻「あとがき」)。『白い巨塔』のモデルとなったとされるのは大阪大学医学部であり、手塚自身は大阪帝国大学附属医学専門部を卒業後、大阪大学附属病院でインターンを行い、医師免許を取得している背景の一致もある。
1960年代においてテレビドラマが社会的なテーマを扱い発展していった中で、アメリカのドラマ『ベン・ケーシー』の人気、山崎豊子による小説を原作とする映画、ドラマのブームという社会文化的な背景をも踏まえた上で、医療マンガ前史を捉える視点も求められることになるだろう。
医療ドラマ史自体、その変遷をまとめる機会を別に求めたいが、主だった作品の傾向を大掴みで辿っておこう。看護師を主人公にしたドラマオリジナル作品として、「メディカル・ホームコメディ」と銘打った『熱っぽいの!』(フジテレビ、1988年)は、南野陽子演じる大病院の令嬢が、親の勧める縁談に反発して家出し、身分を偽って病院住み込みの見習い看護師として活躍するコメディ物語である。
ドジな新米看護師(観月ありさ)と、指導役の先輩看護師(松下由樹)とのかけあいが人気となり異例の長期シリーズとなった『ナースのお仕事』(フジテレビ、1996~2014年)は、従来、脇役として扱われてきた看護師が主人公として活躍する物語の系譜の代表作である。ここでは言及のみに留めるが、佐々木倫子(小林光恵原案)『おたんこナース』(1995~1998年)と同じ時代の産物であり、医師中心であった医療現場を舞台とする物語ジャンルを拡張する大きな役割を担った。
1990年代には、「女の職業シリーズ第一弾」として制作された、『外科医 有森冴子』(日本テレビ、1990・1992年、三田佳子主演)が、女性医師を主人公とする物語の代表例の一つとなる。
脚本家・三谷幸喜にとって初めての連続ドラマとなった『振り返れば奴がいる』(フジテレビ、1993年、織田裕二主演)は、外科を舞台にした医師としての信念が異なるライバル同士の人間ドラマとして巧みなストーリーテリングにより話題作となった。
21世紀以降、マンガを原作とする医療ドラマが目立った動きを示す。『ブラックジャックによろしく』(TBS、2003年)、『Dr.コトー診療所』(フジテレビ、2003~2006年)、『Ns’あおい』(フジテレビ、2006年)、『医龍ーTeam Medical Dragonー』(フジテレビ、2006~2014年)、『JINー仁ー』(TBS、2009~2011年)から、『コウノドリ』(TBS、2015・2017年)、『透明なゆりかご』(NHK、2018年)に至るまで、現在の医療ドラマを、あるいは、ドラマ全般の一翼を医療マンガが担っていると言えるほどまでの隆盛を示している。マンガを実写ドラマでどのように表現しているか、「翻案」の観点からの考察も有効であろう。
その他にも、医療ミステリーを原作とする人気シリーズ『チーム・バチスタの栄光』(海堂尊原作、関西テレビ制作、2008~2014年)などの小説に基づいたドラマや、中園ミホほか脚本『Doctor-X ~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系列、2012年~、米倉涼子主演)、野木亜紀子脚本による法医学ミステリー『アンナチュラル』(TBS系列、2018年、石原さとみ主演)など、実力派脚本家によるドラマオリジナル作品もある。それぞれのメディアの特色や、医療マンガ史との比較、サブジャンルの傾向を探る上でも、医療ドラマ史という観点は見過ごせないものである。