イトウ ユウ
マンガは、日本においては特に、複雑なことをわかりやすく説明することに活用されてきたメディアである。そうした機能が特化したジャンルが「学習マンガ」だ。主に、学校における教科内容を解説する子ども向けマンガとして発展してきたが、学研の「ひみつ」シリーズや韓国発の「サバイバル」シリーズなどでも取り上げられているように、理科系の知識、特に人体の仕組みに関する学習マンガ[図1]は定番となっている。ここでは、そうした理科系学習マンガにおいて、病気や免疫系の説明をする際、ウイルスや細菌がどのように表象されているかということを見ていきたい。
まずは、実際のウイルスや細菌として描かれるというパターンである。[図2]は、(映画『ミクロの決死圏』のように、)主人公たちが小さくなって体の中に侵入する、というストーリーが展開する際にしばしば採用されてきた表現だ。
戦国時代の医学書『針聞書』で描かれたような「ハラノムシ」型もみられる。ムシは、人間とは意思疎通できないものの象徴として描かれているように見える。
一方、広義の〈擬人化〉-〈キャラクター化〉されたウイルスや細菌も少なくない。つまり、目鼻らしきものがあり、人間のように話したり感情を表したりできる形を採ったものだ。これらにはいくつかのパターンがあるが、伝統的な悪魔のような姿をとるもの――「アンパンマン」にちなんで「ばいきんまん型」と名付けたい[図3]――や、目鼻の付いた顔にイガグリの針のような複数の突起と手足が生えているもの――バイキンマンの手下の形状から「かびるんるん型」とする[図4]――がしばしばみられる。
動植物、無機物の〈キャラクター化〉、(広義の)〈擬人化〉は、一般的に、「アンパンマン」やマンガ「もやしもん」の登場キャラがそうであるように、人間離れした形で表現されることがほとんどだったが、2000年頃、インターネットを中心に、「モノや道具や乗り物がかわいい女の子だったら?」という「妄想」を元にした、人間そのものの姿をした擬人化キャラが数多く登場する。この流れの中で、病原体も美少女化した[図5]。日本のキャラクター文化を消化し、「艦隊これくしょん」に先立つ形で旧日本軍のバトルシップの美少女擬人化を果たしていた台湾においては、厚生労働省にあたる政府の部署が感染症を擬人化したイラストを発表して、話題になった[図6]。
実は、伝統的な理科系学習マンガにおいても、細菌等と戦う抗体は、警察や軍隊、機動隊や(王を守る)騎士といった姿のヒト型を採ることは少なくない[図7]。清水茜『はたらく細胞』も、白血球など人体の機能を維持する役目を持った存在を主人公に、それらの(狭義の)擬人化を徹底することで、「人体の仕組み」を解説してきた学習マンガをエンターテインメントとして昇華したマンガ作品である。キャラクターを完全なヒト型とすることの効果は、読者がそれらのキャラに感情移入することができるようになることだろう。『はたらく細胞』では、がん細胞のような“敵役”さえヒト型にすることで、複雑なドラマを演出している[図8]。
<参考文献>
■伊藤慎吾 編『妖怪・憑依・擬人化の文化史』笠間書院、2016年
■擬人化たん白書製作委員会 編『擬人化たん白書』アスペクト、2006年
■長野仁、東昇 編『戦国時代のハラノムシ 『針聞書』のゆかいな病魔たち』国書刊行会、2007年
■松下哲也「擬人化」『現代思想 2019年5月臨時増刊号 総特集=現代思想43のキーワード』青土社、2019年
■「擬人化イラスト特集」『季刊エス』VOL.67、徳間書店、2019年