medical manga
「医療マンガ」への招待

「医療マンガ展」の試み京都国際マンガミュージアムの2つの展覧会

イトウ ユウ

「医療マンガ展」の試み 京都国際マンガミュージアムの2つの展覧会

 近年、マンガに関する展覧会=「マンガ展」がその数を増やしている。マンガ情報ポータルサイト「コミックナタリー」内の検索機能を使い、「マンガ展」などを含む記事をピックアップしてみると、2019年中には173の、2020年には176ものマンガ展が紹介されていた[イトウ2021]。にもかかわらず、「医療マンガ展」と言えるものはほとんど開催されてこなかった。

 しかしながら、教育や社会関与協働型研究(エンゲージド・スカラシップ)のツールとしての効果を期待するという意味では、「グラフィック・メディスン」としての医療マンガと展覧会という形式は、実は相性がいいのではないか。ここでは、筆者自身が展覧会制作に携わっているマンガ関連文化施設「京都国際マンガミュージアム」で開催された2つの「医療マンガ展」を紹介し、今後の参考としたい。

「医師たちのブラック・ジャック展」(2015年2月28日~5月10日)

 同展は、「第29回日本医学会総会2015関西」の開催に合わせた企画として、同会とマンガミュージアムが共同で制作・主催した展覧会で、「第29回日本医学会総会2015関西に名を連ねる、16名の医師たちが選んだ「ブラック・ジャックの名場面」をご紹介する」(展覧会緒言より)というものだ[図1]。
 医師たちの解説を読むと、少なくない者が、医者として、手塚治虫のこの著名な医療マンガになんらかの影響を受けていることがわかる。
 一方で、医学博士であった手塚の博士論文「異型精子細胞における膜構造の電子顕微鏡的研究」が紹介され、実際の手術台と「ブラック・ジャック」の等身大キャラクターパネルが並べて展示されることで、このマンガ作品が、ある面においてはきわめてリアリスティックな「医療マンガ」であることが示された。

図1 「医師たちのブラック・ジャック展」会場風景

図1 「医師たちのブラック・ジャック展」会場風景

「マンガ・パンデミックWeb展」(2020年9月11日~12月25日[会期延長])

 同展は元々、「平和のための博物館国際ネットワーク」と「京都精華大学国際マンガ研究センター」の共同主催による、マンガミュージアムでのリアルな展覧会として企画されていた。しかし、新型コロナウイルス禍が拡がり、世界中で公共施設が次々閉鎖されていくのをみて、急遽「オンライン展覧会」という形に舵を切り直した。
その意味では、存在自体が、医事的な状況に規定された展覧会と言える。
 会期中、「パンデミック」をモチーフにしたマンガあるいはイラストを募集し、「会場」=特設ウェブサイト
(https://www.mangapandemic.jp)に順次展示していくという「成長する展覧会」として企画された。作品が集まらないかもしれないという当初の不安に反し、約3カ月の応募期間中、50の国・地域(含・不明)から、のべ345名・組による1041の作品が寄せられた。
 過去の有名絵画のパロディ(31点)[図2]や「無人島もの」(9点)[図3]など、伝統的な1コママンガの作法の延長線上に描かれた作品も少なくなかったが、総体で見ると、結果的に、時期や地域によって刻一刻と変化するコロナ禍下の状況をヴィヴィッドに映す貴重な記録となった。
 圧倒的に多かったのは、コロナウイルスを擬人化したキャラが、人を襲ったり、逆に退治されたりする作品だったが、同展を評論した高嶋慈の指摘のように、「本展における「コロナウイルス」の表象は、(色や突起の数などの差異はあるが)画一的で記号化が定着し、表現としての魅力には乏しい」[高嶋2020]と言える。キャラとしてのウイルス擬人化については別稿に譲るが、各国におけるサンプルを集めることができた[図4]という点では興味深い「調査」の機会となった。

図2 「名画パロディ」の例。Fadi Abou Hassan「CORONICA」

図2 「名画パロディ」の例。Fadi Abou Hassan「CORONICA」

図3 「無人島マンガ」の例。B.V.Panduranga Rao「Take Care」

図3 「無人島マンガ」の例。B.V.Panduranga Rao「Take Care」

図4 コロナウイルスの擬人化の例。Alicja Wieczorek「Fear」

図4 コロナウイルスの擬人化の例。Alicja Wieczorek「Fear」

<参考文献>

■イトウユウ「マンガ展素描2019 「複製芸術」を「展示」するということ」『マンガ研究』第27号、日本マンガ学会、2021年

■高嶋慈「マンガ・パンデミックWeb展」『artscape』(artscapeレビュー)2020年10月15日号、DNP、2020年 (https://artscape.jp/report/review/10164751_1735.html)※2021年1月25日最終閲覧

■MK・サーウィック、イアン・ウィリアムズ、スーザン・メリル・スクワイヤー、マイケル・J・グリーン、キンバリー・R・マイヤーズ、スコット・T・スミス『グラフィック・メディスン・マニフェスト マンガで医療が変わる』北大路書房、2019年(原書=2015年)