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活動報告

定期勉強会レポート[06]
【テーマ:摂食障害の哲学カフェ】
『Lighter Than My Shadow』を読む

 2022年8月30日(火)、日本グラフィック・メディスン(GM)協会2022年第6回定期勉強会を開催いたしました。当日20名を超えるお申込みをいただきました。
 前半に講師と事務局が適宜解説を交えながらテーマ書籍を紹介していき、後半に哲学カフェを行う二部構成での勉強会を行いました

 GMの勉強会では毎回異なる医学的テーマをとりあげています。
 第1回は「アルツハイマー型認知症」、第2回は「(女性の)がん」、第3回は「高齢者/介護」、第4回は「ダウン症」、第5回は「更年期」。
 当然、毎回異なるさまざまな背景を持つ人が参加するようになり、更に、当事者、支援者、医療従事者、表現者とテーマとのかかわり方もさまざまです。
 GMは一定の専門教養を共有する専門集団とは異なる背景があります。
 テーマごとに専門知識を持つ方からすれば、不用意な発言に思われるかも知れませんし、ふとした言葉が人を傷つけることもあるかもしれません。
 第6回でとりあげた作品のテーマは「摂食障害」。
 これもセンシティブな話題ということもあり、事務局側は準備段階から少し緊張した状態でのスタートとなりました。

第1部

 今回のテーマ書籍である『Lighter Than My Shadow』(ケイティ・グリーン Oni Press 2017)は、YA(ヤングアダルト)世代に特有の精神疾患の個人体験が描かれていきます。

 書籍の紹介は医療マンガレビューページのこちらをご覧ください。

 まず、アメリカ思春期文化に深い造詣をもつ中垣恒太郎(なかがき・こうたろう)専修大学文学部英語英米文学科教授が、思春期を扱った文学、YA小説、ティーン・ムービーと呼ばれる学園映画やTVドラマ、コミックスなどに触れながら作者を紹介します。

Lighter Than My Shadow

 『Lighter Than My Shadow』は、当事者であってもそうでなくても、世代間によって捉え方や感じ方が大きく変わってくる作品です。
 当日は、まず事務局側が500Pのこの作品を紹介していきました。背景では、第2部哲学カフェのファシリテーターの上村崇(うえむら・たかし)福山平成大学福祉健康学部教授に、リアルタイムでマインドマップ分析をすすめていただきました。

摂食障害の当事者を苦しめる“小さなサイン”は日常に数多く潜んでいる。しかし周囲はなかなか気付けない。

 表現の面から言えば、海外のGM作品に共通することですが、『Lighter Than My Shadow』は日本のマンガとはかなり印象が異なる作品です。
 しかし、海外マンガに慣れ親しんだ人も、おやっと思うところがあるかもしれません。例えば、コマ割りは線で描かれるのではなく、紙の折り目を使って区切られています。

『Lighter Than My Shadow』 Katie Green Oni Press 2017

『Lighter Than My Shadow』 Katie Green Oni Press 2017

『Lighter Than My Shadow』 Katie Green Oni Press 2017

『Lighter Than My Shadow』 Katie Green Oni Press 2017

 実は作者のケイティ・グリーンは児童書の挿絵画家を目指していて、この回想録を描くまで、グラフィックノベルを読んだことさえありませんでした。そもそもグラフィックノベルの文法に縛られていなかったのでしょう。彼女がこの作品を描くきっかけとして、精神世界をイメージで表現することの可能性を見出したのはショーン・タンの絵本『The Red Tree』との出会いだったそうです。

ショーン・タンの絵本『The Red Tree』

 本書は摂食障害を抱えながら過ごした10代を軸に、幼少期から大人になるまでを辿る回想録です。
 ケイティが摂食障害を発症するきっかけとなる直接的なエピソードが描かれるわけではありません。
 食べ物の好き嫌いが多かった幼少時代、第二次性徴による心身の変化に伴う不安と戸惑い、周囲とのコミュニケーション不全、YAものとして決して特別ではない10代の日常が淡々と描かれていきます。
 逆に言えば、摂食障害の当事者を苦しめる“小さなサイン”は日常に数多く潜んでいることがわかります。
 読んでみると、当時の家族も友人も気付けていません。全員が気付けるわけもないのかもしれません。
 精神疾患をテーマにしたマンガではトラウマの直接の原因になるような「悪者」が設定されることが多いのですが、『Lighter Than My Shadow』は発症の直接の原因となるような「悪者」を設定していない作品です。精神疾患は「誰も悪くない」というケイティのスタンスがわかります。

 実は『Lighter Than My Shadow』で摂食障害と共に描かれる大きなテーマが性的虐待です。
 摂食障害の発症、闘病、その治療の最中に傾倒した「ある特殊な治療」が、結果、性的虐待であったという二重構造になっています。
 性的虐待の加害者は「悪者」としてしっかり描かれ、摂食障害の患者(=体に不調を抱え弱い存在)であることが加害者に狙われやすいというリスク、被害者自身は性的虐待であることを中々認識できないという事実が見える化されています。

作品を公開することの本質は、誰もが自分の経験、解釈、認識をそれに持ち込むことを意味する。(ケイティ・グリーン)

 ある雑誌のインタビューで、ケイティは、このグラフィック・ノベルを制作するプロセスは治療的なものでしたか?という問いにこう答えています。

公開することの本質は、誰もが自分の経験、解釈、認識をそれに持ち込むことを意味します。
多くの場合、人々は本を書いたことで私が「治った」という物語を望んでいますが、私はそうなることを決して期待していなかったし、そうならなかったことに驚きませんでした。

 最大公約数の読者が望む共感しやすい物語ではなく、優れたGM作品に共通する「固有の人生の物語が持つ普遍性」がここにあります。

日本の医療マンガの紹介

 その後、日本の医療マンガの中から精神疾患やYA世代をテーマにした作品を紹介しました。

『強迫性障害です!』 (みやざき 明日香  星和書店 2018)

『強迫性障害です!』 (みやざき 明日香  星和書店 2018)

『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』(もつお KADOKAWA 2021)

『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』(もつお KADOKAWA 2021)

『学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで』(月本千景 中央公論新社 2021)

『学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで』(月本千景 中央公論新社 2021)

 日本の医療マンガ50年史レビューでもとりあげた『強迫性障害です!』 は精神医学の専門出版社から出版され、プラクティカルな部分に強い力点をおいた作品です。作者自身の性的自認のあり方、強迫性障害の原因を遡ると見えてきた父親の介護時の記憶など、幼少期のさまざまな不安要素が関係してくるという背景は『Lighter Than My Shadow』と重なる部分かもしれません。強迫性障害をミノタウロスのような形でキャラクター化しています。
 『強迫性障害です!』 は作者の年齢層が30代ですが、続いて紹介した2作品は『Lighter Than My Shadow』と同じYA世代を描いた作品です。
 『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』は精神科病院に入院することへの不安も含め、自分の中の神様を探す物語。『学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで』は初出がコンテンツ配信サービス「note」を初出とする作品で、起立性調節障害というYA世代によくある不調をテーマにしています。
 SNS等を通して日本でも優れた作品が発表されており、いわゆる「見えない障害」を見える化し理解を得るという手段として、マンガは大きな成果を発揮しているといえるでしょう。

摂食障害のようなセンシティブな領域を語ること

 2022年度から日本の高校の保健体育の教科書に精神疾患の項目が追加されました。
 授業にも「精神疾患の予防と回復」が組み込まれ、摂食障害、強迫性障害など10代から発症しやすい疾患について、授業でもとりあげられているようです。
 誰もがオープンに語るべきと声高にいうのもおかしな感じがしますが、多感な時期の精神に影響するスティグマは根強く、それを予防するだけでなく、精神疾患や障害について理解を深め、語っても良い、語っても大丈夫だと感じられる環境が求められているのだと思います。

 こうした場に適した方法として「哲学カフェ」があります。
 合意形成を目的とした議論ではなく、ひとつのテーマについて語り合う対話を実践し、性別や年齢、社会的な役割にとらわれず、自分の経験や役割から話したいことがあればそれを話す。
 この哲学カフェはGMの活動と大変相性が良いことがわかっています。
 まず、ファシリテーターの上村崇先生が、第1部の内容を整理したご自身のマインドマップを元に論点を整理していきました。

マインドマップにはさまざまなキーワードと切り口が並ぶ

マインドマップにはさまざまなキーワードと切り口が並ぶ

 本来であれば会場で問いを選択するところからスタートするのですが、今回は時間の関係上、上村先生に問いを提示していただきました。

第2部哲学カフェ

問い:『Lighter Than My Shadow』を日本語タイトルにするとしたらどう訳すか?

 一つの物事について徹底的に考えていく、そんな哲学カフェの趣旨の下、タイトルが分解され深められていきます。
 Lighter Than・・・摂食障害というテーマから一般的に引きだされやすい『影より軽い』という解釈を問い直します。

 そもそも影には重さがないのだから、『より「明るい」のではないか』。
 重さがないものよりも軽くなる、物理的な重さの話ではなく、心の話なのではないか。
 軽い、明るいという意味合いをかけているのではないか。
 タイトルにあるSHADOW『影』の正体はなんなのか?
 作品の中で『影』のように描かれているものは本当に影なのか。脳内で飽和した言葉にできない言葉ではないのか。
 主語を置き換えるだけでも、『Lighter Than My Shadow』はたくさんの意味を持っていきました。

 影は常に自分と離れずにいる存在であるという気づきの中から、作品の中で影が最後まで消えない描写に気付くことになります。
 物語が描くものが読者が望みがちな完全な回復ではなく、回復は継続的なプロセスであることを教えてくれているのではないか?
 あたかも影のように濃淡を変え大きさを変えながら、常に本人の傍にあり続ける。
 この回復のプロセスについては、そもそもなぜ比較級が使われているのかという問い、それは何らかの時間の経過、回復の過程等を示しているのではないか?という指摘にもつながっていきました。
 影を「病や苦しみ」とした場合、日本のマンガでは「病」等をキャラ化・擬人化し対象化して自分と切り離して描くことが多いことが指摘されました。

 結果として『Lighter Than My Shadow』の日本語タイトル案は出ませんでしたが、会場が考えを深めることができ、改めて「哲学カフェ」とGMの相性の良さを実感しました。
 いずれこの作品が日本語に訳されることがあれば、と感じた勉強会でした。

●Katie Green のサイト

●『Lighter Than My Shadow』Amazon

●『強迫性障害です!』 (みやざき 明日香  星和書店 2018)
星和書店の『強迫性障害です!』紹介ページ
続編:『強迫性障害治療日記』紹介ページ

●『学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで』(月本千景 中央公論新社 2021)
note(初出)
中央公論新社サイト(掲載内容は書誌事項のみ)
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●『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』(もつお KADOKAWA 2021)
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