STUDY SESSION
勉強会報告

定期勉強会レポート[05]
【テーマ:更年期の表現】
『MENOPAUSE a comic treatment』を読む

『MENOPAUSE a comic treatment』を読む

 2022年7月26日、日本グラフィック・メディスン(GM)協会2022年第5回定期勉強会を開催いたしました。25名のお申込みをいただきました。
 勉強会は、中垣恒太郎(なかがき・こうたろう)代表の、シカゴ大学で2年ぶりに開催されたグラフィック・メディスン年次大会への参加報告からスタートしました。
 今回の定期勉強会でとりあげる『MENOPAUSE』の編者であるMK・サーウィックに日本支部での活動報告を行いました。

MK・サーウィック近影と2022年GMシカゴ大会とシカ

MK・サーウィック近影と2022年GMシカゴ大会とシカ

【第1部】25名の女性アーティストによるアンソロジー集『MENOPAUSE』

MENOPAUSE

 『MENOPAUSE』は、トランスジェンダーの描き手をひとり含む総勢25名の女性アーティストの作品を集めたアンソロジーです。
 2021年のアイズナー賞のアンソロジー部門を受賞したことは協会でも折にふれ発信してきましたが、まず、『MENOPAUSE』が評価された理由と、背景にあるアメリカの女性コミックアーティストの歴史を中垣恒太郎(なかがき・こうたろう)代表が解説していきます。
 『MENOPAUSE』には、1950年代生まれの女性作家たちが多く参加しています。
 彼女たちが青年期を過ごした1970年代のオルタナティブコミックス、フェミニズムムーブメント、さらにゲイ・レズビアンコミュニティは、複雑化するセクシャルアイデンティティに対応しようとする現代につながっています。
 1970年当時、女性のコミックスアーティストたちの表現活動やセクシャルマイノリティたちの表現活動は、いわゆる「コミュニティペーパー」とよばれる新聞、雑誌等の片隅に発表されたコミックス表現によって、カウンターカルチャーとして新しいムーブメントを作り上げていきました。
 70年代から80年代半ば頃にかけて活躍した『MENOPAUSE』に登場する作家たちに、テーマとして『MENOPAUSE』という題材を与えたら、エイジズムに対する強烈なカウンターがそこに生まれたというわけです。
 セクシャルアイデンティティも含めて多様な作家たちが感じてきた、女性が年齢を重ねていくことによる身体的な変化、それにともなう感情の変化、そして、70年代から現代につながる社会的な変化を作品集としてまとめあげた功績が評価されたのでしょう。

 GM定期勉強会では、私たちのモノの見方に対してオルタナティブな別の視点を投げかけてくれるという意味で、海外のマンガを取りあげていますが、そこには英語圏が優れているとか、海外作品の方が素晴らしいとか、逆に日本のマンガ文化の方が豊かである、とか優劣を付けたりする視点はありません。
 今回の勉強会の【第1部】は、はじめて『MENOPAUSE』作品を目にする方を前提に、プロの表現者と共に作品に触れながら作品を検討していこうという試み。
 マンガ作家で筑波大学准教授の山本 美希さん、イラストレーターで漫画家のふるやまなつみさん、お二人のプロの描き手が注目した作品を提示し、どのような関心を抱いたのか、お二人が注目した表現のポイントについてコメントをいただきながら進行していきました。
 お二人の指摘は、会場に多くの新しい視点や気づきを提示していただきました。
 なお、本レポートでも一部を引用紹介させていただいておりますが、勉強会では版元のペンシルバニア州立大学出版局と編著者MK・サーウィックの許可を得て書籍の中身を一部共有していることをお断りしておきます。

『Invisible Lady』 Carol Tyler キャロル・タイラー(1951- )

Invisible Lady』 Carol Tyler キャロル・タイラー

 キャロル・タイラーは1980年代のオルタナティブコミックスやフェミニズム運動に参加した作家です。
 彼女ーの作品『Invisible Lady』を読む前に、インビジブル、いわゆる目に見えない透明な存在という言葉が、アメリカの文脈ではどのように使われているのかという解説がありました。
 例えば、アメリカにおける黒人の存在が大多数のマジョリティの側で無視されるような存在になっている様子を指して「Invisible man」という使われ方をします。
 キャロルの『Invisible Lady』には、だんだんと女性が年齢を重ねていく中で、社会から存在を無視されるようになっていくような意味合いが込められています。

冒頭のタイトルコマ。さまざまな更年期症状を列挙され、さいごに知られざる「透明になる」という症状があることが示される。

冒頭のタイトルコマ。さまざまな更年期症状を列挙され、さいごに知られざる「透明になる」という症状があることが示される。

『MENOPAUSE』では多くの作品で「手書きの文字」が使われていることが特徴的だと感じました。この『Invisible Lady』の冒頭でも、さまざまな更年期の症状にあわせて文字の描き方を工夫しています。作家ごとにさまざまな文字の工夫がみられるので、文字に注目するのも面白いです。

山本美希さん

Invisible Lady』 Carol Tyler キャロル・タイラー

キャロルは空缶集めにものすごい情熱を燃やしている。彼女は自分が「透明になった」ことを活かして、どうやらパーティーをした後らしいまったく知らない人の家に勝手に入って行く。部屋中に散らばる空き缶を見て「金鉱脈の発見」と叫び、一面の空缶を集めてゴミ袋に詰めて買い取り業者に持っていこうとするのだが・・・。

『MENOPAUSE』全体を通して感じることですが、『Invisible Lady』からは大きな解放感を感じました。自分が人から見えない(気にされない)ことをさんざん自分の楽しみのために利用してきたけれど、最後の最後に自分が見えないことで失敗してしまうという面白さがとても好きな作品です。

ふるやまなつみさん

 アメリカ及びその英語圏のそのコミックスの伝統として根幹にユーモアがあります。この『Invisible Lady』は、エイジズムや年のとりかた、更年期の問題を浅薄に茶化すようなことはせず、(シニカルさや風刺も含めて)ユーモラスに描くという意味で、非常に示唆的で優れた作品であると言えるでしょう。

『The End, for Now』 Roberta Gregory ロバータ・グレゴリー(1953- )

The End, for Now』 Roberta Gregory ロバータ・グレゴリー

 『The End, for Now』の作者ロバータ・グレゴリーもまた1950年代生まれの作家で、女性向けコミックスのウィメンズコミックスやLGBTコミックスの活動に早くから参加しています。今回『MENOPAUSE』に寄稿した作品は、1991年から2004年まで続いた彼女の代表作『Naughty Bits』シリーズの派生作品になっています。

①初めて作者に生理が来た時を振り返るシーン。急に血が出て悩む様子が初めて生理が来たときの気持ちの変化と共に描かれる。
②怒られると思っていた母親にやっとの思いでそれを告げるとおめでとうという言葉をかけられ生理用品を与えられる。
③昔の生理用品が描写される。
④最後のコマ。体型も変化し更年期を迎えた作者の「自由」

母親の顔に描かれているのはまつ毛と口紅だけで、実際の顔ではなく「後から付け足されたもの」だけが描かれています。シビアな描き方で、伝統的な性教育観を持つ母親への複雑な思いが反映されているように感じました。

山本美希さん

どの時代の女性にも同じようにある生理や更年期を取り巻く環境や対応について、時代の変化や海外と日本の違いや共通点を比べられて面白く感じました。最後には、はじめて生理がきて戸惑っていた女の子が更年期を経てもう私は自由だとブンブンと回転しながら遠くに行ってしまう様子が気持ちよかったです。

ふるやまなつみさん

 医療マンガとは別の文脈ですが、アメリカではヤングアダルトものというローティーンの女の子向けのマンガのジャンルがありますが、そういった作品の中で、女の子の生理に関して描かれるようになってきています。これはマンガ文化史の大きな流れの中での方向性として捉えることができ、『MENOPAUSE』の登場もその流れの中に位置していると考えられます。
 性に関する悩みについてパブリックな場でオープンに話が出来る環境づくりは、現代の教育の関心事のひとつになっています。
 話しにくいことがマンガを通して、家庭で会話につながっていく、それもまたグラフィック・メディスンの姿です。

『Menopositive!』 Lynda Barry リンダ・バリー(1956- )

『Menopositive!』 Lynda Barry リンダ・バリー

 リンダ・バリーは女性のマンガ家の先駆けとして『MENOPAUSE』の作家の中では一番の大御所格になる人物です。
 編者のMK・サーウィックもリンダ・バリーの影響についてコメントしており、ある種、女性コミックスアーティストの生き方を最も代表するような存在といえるでしょう。
 彼女の『Menopositive!』は、わずか6ページの作品の中で作者自身の子供の頃の体験から大人になり更年期を迎えた現在までの人生の変化が込められている中身の濃い作品です。
 性に関する子供の知識は大人の会話の盗み聞きからはじまるものですが、幼いリンダが冒頭で盗み聞きしたのは「子宮」にまつわる話。実際には『MENOPAUSE』に関する治療法としての子宮摘出手術の会話でした。ホルモン補充療法が宗教的な問題と共に語られ、リンダにとっての「子宮」、生理、閉経、女性問題にまつわる意識や社会の変化が、彼女の人生を通して世代を超えてつながっていく様子が描かれています。
 書き込みが多い作品ですが、ホットフラッシュを体験したリンダが、アメリカでは定番の占いパーティグッズ「マジックエイトボール」に見立てた「魔法の子宮」に問いかけるページがあります。イエスノーで答えられる質問を訊くとそれっぽい答えを返してくれるマジックエイトボールは、アメリカ人にとってなじみ深いアイテムですが、この「マジックエイトボール子宮バージョン」が「yes」とこたえるときに卵管を突き上げる様子は山本美希さんのお気に入りです。

『Menopositive!』 Lynda Barry リンダ・バリー

冒頭の見開きページ。

芸があるというか個性的ですごい作品。ノートの罫線やページごとの色分けにも注目したい。

山本美希さん

マンガの表現で、誰が主人公でどんな人なのかを最初に伝えるのは大事なことです。最初のコマに「耳」が付いています。その耳が誰の耳なんだろうと、ピュッとひかれた矢印の先を追うと次のコマの一番左上の子どもにつながってこの子が主人公なのだとわかるよう導いている表現は印象的で巧みでした。

ふるやまなつみさん

 リンダ・バリーの作品は、日本で言うところのサブカルチャー作品です。サブカルの世界ではすでに同じ世界を共有している人たちの中で描かれているため、そこにいちいち注釈がつきません。ただ、同じカルチャーを共有している人たちからすると、非常にビビッドに伝わる内容であり、この作品は、山本さんが指摘したようにアメリカではより良く伝わるものなのでしょう。文字数も多く日本人にとっては読解が難しい作品ですが、ゲストのお二人のコメントで、勉強会会場ではその表現をより理解することができました。

『Paused』 Emily Steinberg エミリー・スタインバーグ

『Paused』 Emily Steinberg エミリー・スタインバーグ

 エミリー・スタインバーグは、これまでに紹介した2人と異なり、マンガ家として功績のある作家ではありません。ビジュアル・ナラティブ、グラフィック・メディスンの実践家であり、ドレクセル医科大学で医学生に自分の物語を言葉やイメージで描く方法を教えています。また、ペンシルベニア州立大学で美術の講師を務めています。
 『MENOPAUSE』に掲載された彼女の作品はマンガと言うよりアート作品といった趣です。
 コミックアンソロジーではあるものの、『MENOPAUSE』にはこうしたコマを使わないイラスト的な作品が複数含まれています。
 自分の体に起こった変化や彼女自身の更年期体験が感覚的に伝ってくるような作品で、フランケンシュタインやオズの魔法使いのブリキ男のような、誰でも知っているキャラクターになぞらえながら表現する様子は、体験していないことへの理解をビジュアルがどう助けるのか、想像させるのかというグラフィック・メディスンの実践家ならではの試みが感じられました。

フランケンシュタインとオズの魔法使いのブリキ男

フランケンシュタインとオズの魔法使いのブリキ男

『The Big Change』 Teva Harrison テヴァ・ハリスン(1976-2019)

カナダの作家テヴァ・ハリスン(1976-2019)の「The Big Change」

 『The Big Change』のテヴァ・ハリスン(1976-2019)は1970年代生まれの作家です。
 がん闘病の最中に描かれた作品で、彼女は残念ながら2019年に他界されています。
 年齢を重ねていく中で出て来るさまざまな更年期の症状を顔のアップで表現していくこの作品は、最後のコマはがんも更年期症状も受け入れようとする表情で描かれています。
 『MENOPAUSE』の出版年は2020年、完成した書籍を目にすることなくなくなったテヴァですが、この短い作品は『MENOPAUSE』の表紙になっています。

『MENOPAUSE』の表紙

『MENOPAUSE』の表紙には彼女への追悼の意味あいが込められているのかもしれません。

『When the Menopause Carnival Comes to Town』 Mimi Pond ミミ・ポンド(1950- )

『When the Menopause Carnival Comes to Town』 Mimi Pond ミミ・ポンド(1950-  )

 ミミ・ポンドは1950年生まれで、今回紹介する中では最年長になる作家です。
 リンダ・バリーのようなオルタナティブコミックスで活躍してきた作家とは別の流れで、有名なアニメーションシリーズの『シンプソンズ』など、テレビや雑誌などマスメディアで活躍してきた人物です。
 彼女のグラフィックメモワール作品『Over Easy』は、1970年代カリフォルニアで世間知らずの美術学生のひとりの女の子がアーティストに成長していくパンクありドラックありの青春物語。
 青春を描いたこの半回顧録は緑色のインクで描かれた2 色刷りの世界ですが、更年期を描いた『When the Menopause Carnival Comes to Town』は非常にカラフルな作品になっているところも面白い点です。

 冒頭では「女性だけのカーニバル」というチケット売り場の前にたくさんの女性が列をなしています。
 『更年期カーニバルが町にやってくる』というタイトルが示すように、おそらくは移動遊園地かサーカスなのでしょう。
 おなじみのさまざまなアトラクションや、ゲーム場、見世物小屋までが用意されていますが、どうやら演出や趣向がだいぶ異なるようです。
 2人の前に最初に登場するのはセクシーな入口のウォーターアトラクション。その中を流れる赤い水が急にストップしたところから、更年期アトラクションがスタートします。最初の「びっくりハウス」の鏡に母親は映らず、彼女は「透明化!」と叫びます。キャロル・タイラーの『Invisible Lady』と共通するテーマが随所にあらわれます。

「MOOD SWING」(気分のムラ)

「MOOD SWING」(気分のムラ)

 更年期で体験するさまざまなものがアトラクションとして表現され、それに振り回される2人の様子が描かれていきます。
 最後に用意されていたのはFREAK SHOW(いわゆる見世物小屋)という「ポリコレ」の真逆をいくアトラクションでした。
 見世物小屋の煽り文句は伝統的なもの。
 入場料を払わせるための怖いもの見たさや興味を誘う香具師(やし)の口上的な見世物小屋の秀逸なキャッチコピーが並びます。

高校時代から下着のサイズが変わらない女!
賃上げ請求を勝ち取った女!
アメリカ大統領になった女!

 確かに思わずのぞいてみたくなるような煽り文句の数々。
 演し物の垂れ幕が描かれたコマには『同僚に立ち向かった女性の物語』とあります。果たして、ガラスの天井を打ち破ろうと、職場での性差の理不尽に立ち向かったスマートでエリートな女性たちが登場するのでしょうか?

 舞台はFREAKSHOWの会場の中。
 司会者の男性が、アメリカの男女間の賃金格差による怒りなのか?ホルモンによる怒りなのか?その怒りは正しいのか?という煽りを会場に投げかけボルテージがあがったところで、裸の女性たちがステージに登場し、思い思いに自分自身の怒りをぶちまけはじめます。
 母親はどんどん感化されていき、彼女は誘われるままにステージの上にのぼり、服を脱ぎ捨てて自分の中に押し込めていた感情を叫びます。

積年の怒りをぶちまける女性たち。

積年の怒りをぶちまける女性たち。

ステージ上の女性の描かれ方は一見野蛮な感じもしますが、この姿が本来の姿というわけではなく、こうした怒りとか感情を隠して生きてきた人たちが、このステージにあがりそこから解放されて叫んでいるという、すごくスカッとするような場面。

ふるやまなつみさん

 母親は娘にこのサーカスと一緒に行くことを伝え、FREAKSHOWはこのコマで終焉を迎えます。

FREAKSHOW最後のコマ

最後のコマ。「あなたもきっといつかそうするわ」

 母親が服を脱ぎ捨てて思いのたけを叫ぶというラストシーンのドラマチックさにちょっと感動したというふるやまさん。
 ふるやまさんは、最後のコマは母親が解き放たれた爽快なラストシーンだといいます。
 皆さんはどう感じたでしょうか?
 なるほど、女性にとって「更年期による変化」はサーカスや遊園地のアトラクションのような変化ですが、ネガティブな話題ばかりではなく、本当は楽しいはずのものなのだとこの作品は伝えている気もします。
 FREAKSHOWでも、母親は強制的にステージにあげられるわけではなく、強いパフォーマンスと勧誘に乗る形ではあるものの、あくまで自主的に手を伸ばしていきます。母親の決断を娘はどう受けとめたのでしょうか?
 リンダ・バリーの作品とも通底する部分ですが、『MENOPAUSE』というアンソロジー全体を通して、世代間で緩やかに継承されていく意思が感じられました。

社会的処方としての「a comic treatment」

 『MENOPAUSE』には、a comic treatment という副題がついています。もちろん、これはマンガを読んで更年期症状を和らげましょうというような意味合いではなく、社会的処方としての意味合いではないでしょうか。
 山本さん、ふるやまさん、お二人の表現者のゲストと一緒に作品を見ていく中で、作家たちの表現の奥深さ、作家個人の感性が社会的なテーマにもつながる普遍性を持って広がるというグラフィック・メディスンの力を実感できた時間となりました。

【第2部】超人気フリーペーパー『ヘルス・グラフィックマガジン』編集者に訊く「隠すべきこと」「恥じらい」への対応

 日本の更年期に関する表現に触れるというテーマを設定した第2部。
 アイセイ薬局が発行する健康情報誌『ヘルス・グラフィックマガジン(以下、HGM)』を、2013年から約9年間にわたって制作(主に企画・編集・取材執筆)を担当されている編集者北島直子さんにお話を伺いました。
 HGMは、単に健康情報をビジュアル化するにとどまらず独自のユーモアを交え、更に高いレベルを保ちつつ継続するという、グラフィック・メディスンの視点から見ても、世界的にも稀有な存在です。
 毎号ひとつの症状にフォーカスし、医師や専門家監修のもと、 メカニズム・改善方法・発症リスクなどをこだわりぬいたクリエイティブで解説する季刊誌で、発行部数15万部、2015年には「グッドデザイン・ベスト100」も受賞している、まさにモンスターフリーペーパーといえるでしょう。
 奇しくも、2022年6月15日発行の最新号はVol.44「思春期・更年期」号。
 更年期にまつわる情報を“正しく・わかりやすく・楽しく”紹介しています。

Vol.44「思春期・更年期」号

https://www.aisei.co.jp/magazine/ バックナンバーも含めすべてwebで閲覧できる。

 企業の広報誌としての立場は、オルタナティブコミックスのアンソロジーである『MENOPAUSE』とは対極にありそうです。
 HGMは、これまで「隠すべきこと」「恥じらい」の文脈で語られる、中々普段は言い出せない健康上のテーマをとりあげてきました。
 その中で、いかに人を傷つけずに、“正しく・わかりやすく・楽しく”情報を伝えられるかにチャレンジされている中で、自由に作家性を発揮し更年期のタブーに挑戦する『MENOPAUSE』に対して、いわゆる企業広報誌として、自主規制的な抑制があるのではないだろうか?
 今回の勉強会を企画した時点で、GM協会としてはそんな仮説を持っていました。

 しかし、北島さんの回答は意外なものでした。

HGMの制作方針:健康上のテーマにおいて「恥ずべきこと」など何もない

健康上のテーマにおいて「恥ずべきこと」など何もない。
なぜなら、だれもが好き好んでつらさに悩まされているわけはないのだから。
ただでさえつらいのに、余計なスティグマで悩んでほしくない
これが、創刊当初から一貫するHGM制作チームの思いです。

 そこから企画立案時点から、チームでの制作の流れ、薬局で配布するフリーペーパーとして実際に配布する店頭薬剤師からのフィードバックや現場対応など、貴重なお話をご紹介いただきました。

 企画テーマの設定には、読者アンケートや店頭薬剤師へのヒアリングから、更年期がテーマとしてのニーズがあること。
 しかし、「更年期」に関して、恥ずかしさや知られたくないと思う心理があることも踏まえた上で企画を固めていかなければならない。
 過去に一般に「羞恥心」を伴うテーマを扱ってきた際には、しばしば現場の薬剤師さんから「患者さんに渡すのが気まずいからやめてくれ」
 との苦言をいただいたこともあったといいます。
 制作チームがどれだけ心を砕いたつもりでも、薬剤師から手渡しでもらった人には「これ、私のこと? なんで渡してくるの?失礼ね(恥+怒)!!」と思われてしまうことはある意味避けられないでしょう。
 しかし、企業の広報誌を責任をもって担当する上で、読者に手にとってもらえなければ、中面がどれだけ有益でも広報誌としての意味を果たしません。ともすれば、「アイセイ薬局は嫌な薬局」のレッテルを貼られてしまうリスクもあります。

「羞恥心」を伴うテーマを扱った号

「羞恥心」を伴うテーマを扱った号

 HGMの中心読者層(アイセイ薬局のマーケティングターゲット)は更年期を目前に控えた40歳代女性とのこと。
 更年期のテーマにニーズはあるのに、手にとってもらいにくいから作らないという課題をどうクリアしていけばいいのか?
 その時北島が出した結論は・・・。
 という、某NHKのプロフェッショナルドキュメンタリーのような展開が続きます。

「思春期」と聞くとちょっと甘酸っぱい気持ちになるのに、「更年期」と聞くとシブい気持ちになるのはなぜだろう…

 「更年期」は誰にでも訪れるもの。特別なことでも、決して恥ずべきことでもない。
 本来「思春期」「成年期」などと同じ、人生の1ライン上にあるものだ。
 そもそも、そのことを知ってほしい。
 それならば、性ホルモンの変動を基軸に、「思春期」と「更年期」が本来ひとつながりであること見せれば だれもが嫌悪感なく受け取れ、かつ、これまで気づかなかった視点で「更年期」を捉え直してもらえるのではないか?

 こうして、HGM「更年期」号ではなく、「思春期・更年期」号が誕生したのです。

アイセイ薬局 ヘルス・グラフィックマガジンVol.44「思春期・更年期」号2022年6月15日発行より

アイセイ薬局 ヘルス・グラフィックマガジンVol.44「思春期・更年期」号2022年6月15日発行より

 実際のところ、「更年期」が自然に家族の話題としてあがることはあまりないでしょう。
 しかし、子供のために思春期のテーマにしたフリーペーパーを持ち帰り、自分の更年期についても知識を得る、子供もまた親が持ち帰った更年期の記事を読む。ヘルスグラフィックマガジンは、知ってほしい健康のテーマを、気持ちよく手にとってもらい、考えたり、知ったりしてもらうための「きっかけ」となる媒体です。

語るきっかけ、触れるきっかけをつくること。

 これは、グラフィック・メディスンのスローガンでもある『マンガの力で日本の医療をわかりやすくする』ことと通じる部分でもあります。
 「思春期」と「更年期」が本来ひとつながりであることは、第1部で紹介した『MENOPAUSE』の作品の多くでも意識されていました。
 例えば、思春期の子供を抱え、更年期を迎え、同時に介護を抱えるという状況を共有すること。
 そのことによって、社会がほんの少し良い方向に向かうかも知れない。

 グラフィック・メディスンの豊かな作品とヘルス・グラフィック・マガジンの制作現場に触れて、「a comic treatment」の可能性を感じることができた勉強会になったと思います。