
世界中の優れたヘルスケア関連コミック作品を表彰する「GMIC Awards(グラフィック・メディスン大賞)」の2025年ノミネート作品が発表されました。主催するGraphic Medicine International Collective(GMIC)は、”health” を身体的・精神的・社会的なウェルビーイングとして広くとらえ、その視点から創作された作品を国際的に評価する取り組みを続けています。
2025年は新たに”教育コミックカテゴリー”が加わり、「長編部門」「短編部門」「教育コミック部門」の3部門で、2024年に発表された全89作品の中から最終候補が選出されました。
以下に、各部門のノミネート作品をご紹介します。
【教育コミック部門】
- 作品名: Abortion Pill Zine: A Community Guide to Misoprostol and Mifepristone
- 作者: Isabella Rotman, Sage Coffey, Marnie Galloway
- 内容: 中絶薬ミソプロストールとミフェプリストンの使い方や法的背景を、多様な当事者視点で紹介するガイド漫画。
- 評価: 丁寧なインフォグラフィックと共感的な語り口が印象的。トランスジェンダーやノンバイナリーも含めた包括的な内容が教育資源として優れている。

- 作品名: Breathe: Journeys to Healthy Binding
- 作者: Maia Kobabe, Dr. Sarah Peitzmeier
- 内容: トランスおよびノンバイナリー当事者による胸部バインディングの実践と健康影響に関する証言集。
- 評価: 臨床データと当事者の声を融合させたグラフィック民族誌。ヘルスケアにおける実践的知識の共有手法として注目される。

- 作品名: Explain Cancer to Me
- 作者: Julia Shangguan(監修: Kathryn West, Jane Kollmer)
- 内容: 「がんとは何か?」という疑問に対して、視覚的メタファーを用いてやさしく解説するデジタルZINE。
- 評価: エビデンスに基づくがんの基礎知識を、対話形式でわかりやすく解説。患者教育に非常に有効。

- 作品名: Gendered bodies: A graphic medicine commentary
- 作者: KC Barry Councilor, Ann E. Fink
- 内容: ジェンダーと健康をめぐる個人的かつ政治的体験をコミック形式で考察し、学術的解説と結合。
- 評価: “ケアされる身体”に潜む権力構造を批判的に描く実験的試み。グラフィックメディスンの学術的応用の一例。

- 作品名: Let’s Talk About the HPV Vaccine!
- 作者: Yale大学耳鼻咽喉科チーム(Beatrice Katsnelson 他)
- 内容: HPVワクチンの意義と接種対象を親しみやすいキャラクターと共に紹介した8ページの啓発コミック。
- 評価: 医療教育コミックの実証研究にも活用された作品。正確で効果的な公衆衛生コミュニケーションの好例。

【短編部門】
- 作品名: Closing the gap
- 作者: Josh Neufeld
- 内容: シカゴ西部の教会と病院の連携による高血圧対策を描くグラフィック・ジャーナリズム。
- 評価: 構造的差別へのアプローチを視覚的に表現。公共の健康格差をテーマにした力強い取材作品。

- 作品名: I Now Pronounce You Dead
- 作者: Ryan Montoya
- 内容: 医師として「死亡確認」を行う瞬間の倫理的・感情的葛藤を描いた短編コミック。
- 評価: 死に関する“法的判断”と“人間としてのまなざし”のギャップを繊細に描いた、詩的かつ現実的な一編。

- 作品名: Sunflowers
- 作者: Keezy Young
- 内容: 双極性障害と共に生きる個人の内面を、感情と視覚表現を交錯させながら描いた自伝的作品。
- 評価: レトロな演出と多層的な感情表現が融合。精神疾患のスティグマを打ち破る力を持つ。

- 作品名: True Stories from an ICU
- 作者: Ernesto Barbieri(脚本)、Jess Ruliffson(作画)ほか
- 内容: ICUナースの体験に基づく3つの短編(「The Sisters」「Recovery and Decline」「Calluses」)。
- 評価: 終末期ケアや介護の困難さを、臨場感と共感をもって表現。新聞連載としての完成度も高い。

- 作品名: Uprooted: Voices of Student Homelessness
- 作者: Ashley Robin Franklin 他
- 内容: 学生のホームレス体験をリレー形式で語る連作コミック。公教育の権利と現実のギャップに焦点。
- 評価: 当事者の声を起点とした社会的証言。移動や不安定な生活の“見えにくさ”を可視化する。

【長編部門】
- 作品名: Bald
- 作者: Tereza Čechová(文)、Štěpánka Jislová(画)/翻訳: Martha Kuhlman & Tereza Čechová
- 内容: 自己免疫疾患「円形脱毛症」を抱える女性ジャーナリストが、自身の経験と外見との向き合い方を語るグラフィック・メモワール。
- 評価: “見た目”にまつわる社会的・心理的な重圧を可視化。繊細で親しみやすい画風で、多くの読者が共感できる構成となっている。

- 作品名: here I am, i am me – An Illustrated Guide to Mental Health
- 作者: Cara Bean
- 内容: 10代の若者を対象に、メンタルヘルスについてユーモアと誠実さで伝える図解型入門書。
- 評価: 感情の整理法から自己肯定感の育て方まで、実用的な知識と支えになる言葉が満載。親や教育者にも勧めたい一冊。

- 作品名: The Heart That Fed
- 作者: Carl Sciacchitano
- 内容: ベトナム戦争を体験した父と、その影響を受けて育った息子の視点を交差させた家族と戦争の記憶の記録。
- 評価: 世代を超えたトラウマの継承を、丁寧な筆致と色彩で描いた傑作。戦争と精神的影響を再考させる力を持つ。

- 作品名: The Jellyfish
- 作者: Boum(仏語作品、翻訳: Robin Lang & Helge Dascher)
- 内容: 若い女性が謎の視覚異常によって視力を失っていくプロセスを、ユーモラスかつ詩的に描いた作品。
- 評価: “クラゲ”というメタファーを通じて障害との共生を描く。可愛らしいが深い、日本のマンガにも通じる表現力が魅力。

- 作品名: Traces of Madness
- 作者: Fernando Balius(文)、Mario Pellejer(画)/翻訳: Richard Beevor & Malién Sganga
- 内容: 幻聴や精神的不安定さと向き合う日々を、比喩と記憶のモザイクとして描いたグラフィック・エッセイ。
- 評価: 精神疾患の内面世界を文学的・視覚的に融合。伝統的なマンガ形式にとどまらず、読者の“感情に語りかける”作品。

- 作品名: A Fox in my Brain
- 作者: Lou Lubie(仏語作品、翻訳: Fabrice Sapolsky)
- 内容: 気分変調症(サイクロチミア)と診断されるまでの過程と医療者とのすれ違いを、キツネのメタファーで描いた一冊。
- 評価: メンタルヘルスの診断難や医療制度の限界を鮮やかに描写。明るい色調と対照的に、内容は鋭く批判的で教育的価値も高い。

最終審査は新たな独立審査員パネルにより行われ、各部門の受賞作は2025年7月にオンラインで開催される授賞式で発表される予定です。JGMAでは、各部門の続報および受賞結果も追ってご紹介していきます。
落合隆志