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活動報告

『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』の著者、MK・サーウィックさんからのメッセージが届きました。

「日本の皆さん、こんにちは! 
私の作品とグラフィック・メディスンに興味を持ってくださりありがとうございます。『テイキング・ターンズ』が、危機の時代におけるケア労働のあり方を考えるきっかけになればと願っています。私のこの本は、エイズ危機の時代にシカゴに実在した、HIV/エイズ専門病棟の物語です。私たちは今現在、別の感染症の危機に直面しています。コロナウイルスとエイズはまったく別のものですが、ケア労働のあり方については変わりません。心身を消耗させるケア労働のあり方は同じです。ケア労働に従事する人たちは皆、個人的な犠牲を多く払いながら取り組んでいます。『テイキング・ターンズ』がマンガで表現されていることによって、コミュニケーションの複雑な機微を理解でき、物語をより深いところで実感してもらえることでしょう。多くの皆さんに私のこの本が届きますように。
いずれ日本の皆さんと安全な形で直接お目にかかれますことを楽しみにしています!
MK」

 作者であるMK・サーウィックは、大学の英文科を卒業後、一度、社会経験を積んだ後に看護師を目指して看護学部に再入学しました。看護師を志すに至った頃から、看護実習を経て、HIV/エイズケアに特化した371病棟に新米看護師として勤務する日々が、『テイキング・ターンズ HIV/エイズケア371病棟の物語』として回想されています。371病棟では、死の恐怖が身近にあったにもかかわらず、ケアする者とケアされる者がお互いに尊重しあう理想的な雰囲気が作られていました。看護師のMK(エムケイ)は、アートを好む患者たちとの交流を通して、絵を描き表現することの効果に気づいていきます。
 治療法が進化したことで、2000年に専門ケア病棟としての371病棟は役目を終え閉鎖されることになるのですが、『テイキング・ターンズ』は、その後、2008年に元患者を訪ねる場面が転機として描かれています。

テイキング・ターンズ

 『テイキング・ターンズ』で描かれていない2000年から2008年の間に、MKは「コミックナース」のペンネームでウェブサイトを中心に短いマンガを発表しはじめていました。2007年には志を同じくする仲間と一緒に、グラフィック・メディスン学会を発足させます。
 グラフィック・メディスン学会の中でも、MKが牽引している活動に、「一緒に描こう」というワークショップがあります。毎回テーマを設定して、一緒に絵を描き、表現の楽しさを共有する試みです。コロナウイルスの感染拡大が世界中で深刻化していった2020年2月からは、オンラインを利用した「一緒に描こう」ワークショップを主宰し、大変な状況をどのように生きるか、世界の過去・現在・未来をどのように捉えるかを共に探っていく意欲的な取り組みが行われました。このワークショップを主導していたのがMKです(2021年2月から再開しています)。
 現在のMKは教育者として、ノースウェスタン大学フェインバーグ医学部やシカゴ美術館大学附属美術大学などで、医療とアートを繋ぐ学際的な領域としてのグラフィック・メディスンに関する授業を担当し、さらに、看護師としての臨床経験、ケアとアートにまつわる講演活動も精力的に展開しています。
 編者として発表したアンソロジー『メノポーズ――マンガで扱う更年期』(ペンシルヴァニア大学出版局、未訳)は、『ニューヨーク・タイムズ』紙による「2020年のもっともすぐれたグラフィック・ノベル」作品に選出されるなど高い評価を受けています。トリナ・ロビンスやアリソン・ベクダルら錚々たる女性コミックス・アーティストの作品を編者としてアンソロジーにまとめあげたことからも、その存在感が伝わってきます。その背景として、『テイキング・ターンズ』の実績がありました。
 『テイキング・ターンズ』の制作期間は長期におよびました。「コミックナース」としてマンガを発表し、グラフィック・メディスンの活動にも着手しはじめていた作者が2008年に元患者を訪ね、「あの時代の出来事」をマンガの形でまとめてみたいという決意を伝える場面は作中でも描かれています。マンガ表現の技法を探りながら、当時を知る関係者に対する取材、制作準備は作品が刊行される2017年まで続き、その途中経過はグラフィック・メディスン学会にて進行中のプロジェクトとして報告がなされていました。

 1990年代のHIV/エイズ病棟にて、ケアする者とケアされる者とをめぐる心の揺れ動きが『テイキング・ターンズ』には克明に描かれています。ゲイの患者の中には家族の理解を得られずに孤独を抱えていた人たちもいました。患者たちそれぞれの個性に触れ信頼と交流を深めていく中で、時にプライベートな側面を看護師の立場から垣間見てしまうことや、お互いの人生観に深く影響しあうこともありました。看護師として、どのように患者の心に寄り添い、死と隣り合わせにいる患者たちそれぞれの生と死にどこまで介入することができるのか悩みながら作者は自身の看護スタイルを模索していきます。
 このたびの日本の読者向けメッセージとしてMKが触れているように、今現在、また別の感染症の危機の只中にいる私たちにとって、コロナウイルスの専門病棟にて医療に従事している人たちの存在、ケア労働のあり方について本作は多くを考えさせてくれることでしょう。その意味でも、この作品は1990年代のHIV/エイズ病棟をめぐる記録であると同時に、ケアする者とケアされる者とをめぐる普遍的な物語でもあるわけです。

 MKは、私たち日本グラフィック・メディスン協会の皆さんともいずれ「一緒に描こう」ワークショップや同人誌制作など活動を共にできることを楽しみにしています。
 代表作『テイキング・ターンズ』を翻訳刊行するプロジェクトを2021年2月28日まで実施しています(https://greenfunding.jp/thousandsofbooks/projects/4345)。
このクラウドファンディングを通して、日本でもグラフィック・メディスンを広く紹介していくことができればと願っております。
ぜひお友だち、関心がありそうな方にSNSやお声がけいただくなどご紹介いただけましたら嬉しく思います。引き続きご支援をお願いいたします。

MK・サーウィック
MK・サーウィック

MK・サーウィック
1967年生まれ。イリノイ州シカゴ郊外にあるノースウェスタン大学フェインバーグ医学部に勤務。ロヨラ大学(イリノイ州)英文科卒業後、ラッシュ大学にて看護師の学士号取得。ノースウェスタン大学大学院医学人文学・生命倫理学研究科にて修士号を授与。1994年から2000年までHIV/エイズケア病棟看護師として勤務。2000年からは自身のウェブサイトを中心に「コミックナース」の名前で作品を発表。2007年からはイアン・ウィリアムズと共にグラフィック・メディスンの活動を展開。グラフィック・メディスンの概念を提唱した共著『グラフィック・メディスン・マニフェスト マンガで医療が変わる』(北大路書房、2019)はこの領域の基礎文献となる。